💝11 魔法少女は参加する・1 ~二次会は禁じられた空の下で~



「ちょっと、。まだ時間、いいかしら?」




 部長のピルクに誘われて、サラは校舎の屋上に来ていた。

 アストラル★セイランのお披露目ひろめ会も終わり、かしましさもひと段落したのちのことだ。


「屋上は魔女部にだけ解放されているの」


 とピルクが話す。片目にかかる灰色の髪をかきあげながら、サラの前で同じように秋空を見あげていた。部室で変身を解いてきたサラの青い瞳に、白くなめらかなうなじが映る。


「といっても、表向きは全面立ち入り禁止なのだけどね。魔法少女は生徒じゃないから、おとがめなしってわけ」

「最悪落ちても責任取らなくていいしな!」


 うしろから付け足したのは、キツネ耳のシプンだ。フェンスに近かったピルクは身ぶるいしながら振り向いて、「怖いこと言わないでよ、明日瑠あする」と本名呼びでいさめる。


 屋上についてきたのは、シプンのほかは牛角帽子のペトラだけだった。ピルクがサラを誘おうとしたタイミングで、まずイエローリボンのバインが帰ると言いだした。




 ――またな、。こりずにまた来いよ?




 部室の隅に投げ出していた赤黒チェックのミニリュックを拾うと、バインはサラに笑いかけてから廊下に出ていった。そのバインに去りぎわにうながされ、黒衣のエレンが「いろいろはまた今度ね」とサラに言い残して同輩を追っていった。ただその折、


 ――飲まれないように。いろいろとね。


 と、すばやく耳打ちしてからエレンは離れていった。サラにはまだそのときの耳のこそばゆさと、不可解な気持ちが残っている。


「この高さじゃ落ちても怪我しないだろー? 変身してれば」


 屋上で叱られたシプンは、口をとがらせて反論していた。それをやや青ざめた部長から「それでも、怖いものは怖いわよ」と言い返されれば、「高所恐怖症だもんなー、磨理は」と、いつものように気さくに笑う。


 そういえば、エレンとバインの本名を聞けなかったな、とサラは思い返していた。しかしながらシプンから、自分からたずねるのはマナー違反、と釘を刺されていたことも思いだす。

 なら、やはり当人のいない場所で聞きだすのも失礼になるだろうか。目の前のシプンとピルクは、互いを本名で呼びあっても平気な様子だ。つきあいの長い同級生同士なら、そういうこともあるのかもしれない。そう考えながらサラは、屋上の入り口にひとりでいる、いまは唯一となった一年生に目を移す。


 その魔法少女は、車椅子に座っていた。


 部室前の廊下に置いてあった、シートが黄色いチェック柄をした車椅子だ。ペトラはそれを軽々とかついであがってきた。廊下でサラが驚いていると、「あ……椅子代わり……です」と、ペトラは少し照れくさそうに答えた。


 そしていま、実際にただの腰かけ代わりにしている。ただ、逆さにかつぎあげたときの手つきといい、そのまま頭に乗せて運んでいるところをすれ違った生徒らにギョッとされたときといい、いかにも慣れている様子だった。気弱で頼りなげなペトラだけにきわだって見えたものだ。いまもなんだか当たり前のように座っている姿に、サラにはその〝腰かけ〟がペトラ自身の持ちものではあるような気がしていた。


「んじゃ、とっとと始めるか!」


 ひとしきり部長とじゃれあったのち、シプンがキツネっぽい耳をピンと立てて、また元気よく告げた。サラが「なにをするデスか?」と問うと、ピルクのほうから「あれよ」と返ってくる。


 ピルクのあわい紫の目が示した先は、車椅子の上のペトラだった。

 そのペトラはいま、膝の上に一冊のスケッチブックをひらいている。何度もページをくって戻ったり進んだりしながら、真っ白なページへ熱心になにか書きこんでいるようだった。


「あの子が持ってるのは、一番新しいやつ。こっちがむかしの」


 ピルクがそう言ったのでサラが視線を戻すと、彼女はわきに抱えていたノートの束を掲げてみせた。

 大判のスケッチブックから、小さなクロッキー帳のようなのまである不ぞろいの束だ。麻ひもで崩れないように縛ったその一番上の表紙には、妙に手のこんだ手書きの飾り文字で「Grimoire vol.198」とあった。


「ぐり……もい……?」

「って読めんのかーい!」

「フヘヘ、サラちゃん英語苦手でシテ……」

「キャラブレブレだなー。じゃあどこの国から来たんだ?」

「まあいまそれはいいわ。表紙に書いてあるのは『グリモワール』。わたしたちは『魔法少女のグリモワール』と呼んでいる、魔法の使い方に関する研究書よ」

「マホウノ!?」


 サラはぜん色めき立つ。と同時に耳を疑った。


「ま、そういう反応だな!」得意げなシプン。

「つ、使えるデスか!?」

「まあまあ焦らず」


 勇んで率直にたずねたサラを、ピルクは片目を閉じてなだめた。


「まずはこっちから質問。わたしたちが魔法少女に変身しているあいだ、元の体はいったいどこにあるでしょう?」

「モトノ? って……」サラは両手で魔法少女たちを同時に指さす。「ココにないデスか?」

「ないんだなー、これが」とシプン。少し待ちきれなさそうに。

「この説明は、きっと三生くんからもなかったわね」とまたピルク。


「魔法少女の体はね、あのマスコットの魔法で、変身のたびに作り直されているの。わたしたち自身の魔力でね。魔法少女の体は高純度の魔力そのもの、と言ってもいいわ」


 そう語ったピルクがさらに補足したところによれば、成長しない肉体を形だけ作るのには、たいした魔力がいらないとのこと。それは元の肉体を魔法で変化させるよりも簡単だし安全。なにより、戻の体に戻るときにほぼ魔力を必要としないのだそうだ。


「元の肉体は、いまだによくわかってはいないけど、いわゆる異次元とか、次元のはざま、みたいなところに飛ばされて保管されてるの。わたしたちは魔法少女のボディに魂だけ移される。そのときも魂と元の肉体は、見えない糸のようなものでつながってるみたいね」

たこみたいだよな」ピルクの隣りでシプンが、明るい顔に下がり眉を浮かべて肩を揺らす。


「ウチはこのハナシ、結構こわいと思ってるけど、サラは平気かー?」

「ウーン、実感わかないデス……」

「まあそうよね」ピルクも苦笑して同意した。


「実際に変身しても、違和感は全然しないし。ただ、一応安心してほしいんだけど、この百年間、魂と元の体をつなぐ糸が切れたっていう記録はないから」

「死なない限りはだろー?」

「それは言わなくてもいいじゃない」


 シプンの指摘に、ピルクは少し怒ったように言いかえす。


「変身して死んじゃうと、どうなるデスか?」


 しかしサラは、ためらいなくたずねていた。

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