💝10 魔法少女は披露する ~脳死でピンクを着られるのは小5まで~


「んで、サラは魔法少女お披露目ひろめしねーの?」


 ひとしきり自撮りごっこに精を出しあったあと、ソファにまた腰をおろした黄色い魔法少女、バインが切りだした。先に寝そべっていたエレンの鼻先に棒状のスナック菓子をぶらさげ、食いついてくるのを誘ってわきへどかせる。


「えぇーッ!? もう変身してるんじゃなかったのかー!?」


 サラが答えるより先に声をあげたのは、金色三つ編みにキツネ耳のアストラル★シプンだった。隣りで牛角帽子をかぶり直す小さなペトラも、目を白黒させてあたふたし始める。


「プン子先輩。さすがにざーとらしすぎっしょ?」

「あー、やっぱそうかー?」

「……!? ……ッッッ!?」


 バインがうさんくさそうな顔でにらんだのを受けて、シプンは首をかきかき照れたように笑う。ペトラだけがはしごをはずされたような顔をして、話しているふたりを何度も見比べていた。


「まあ、そろそろ見たいわね。そのために来てもらったようなものだし」


 仕切るようにそう言ったのは、妖精か踊り子のような青い衣装のピルクだ。ソファのうしろにいた彼女は、背もたれに肘をつくようにして身を乗りだし、エレンがくわえていたスナックの端を折って自分の口へ運んだ。


「ううー」


 エレンがうなる。


「ご希望とあらばデース! サラちゃん領域展開へんしん行きマス!」

「待った」


 スマホを置いて元気よく立ちあがったサラを止める声がある。最初にうながしたはずのバインだった。ニヤリと片頬をあげてみせ、サラを向かって人差し指を立てる。


「属性当てしようぜ。景品は全員から月曜の昼におごり」

「ちょっとコラ。賭けは禁止」


 すかさず部長のピルクがたしなめる。しかしサラ側にいたシプンが「いいな! ウチ、オムライス!」とキツネ耳をピンと立てて宣言した。


明日瑠あするぅ〰〰?」

「にゃははっ、メンゴメンゴ」ピルクに本名で警告され、シプンは笑いながらホールドアップする。


「いいわねぇ。ワタシ、チャイナドレス」


 あお向けでソファの足側に頭を垂らしたエレンが逆さまのまま答案を出す。なぜか落ちない鼻眼鏡。長い黒髪とローブがくちゃくちゃになった様は、まるで黒いスライムのようだ。


 すかさず隣りのバインが「シブイなっ」と苦笑し、「いやいや、普通に色から行こうぜ?」と軽くいさめていく。


「白。パン紐がまぶしい深スリットのムチムチ褐色チャイナ娘。トンボ眼鏡とダブルシニョン」

「こまけえよ。当たんねえだろ」

「ノースリーブも追加ね」


「ウチは黒だな!」と今度はシプン。


「怪盗みたいに全身ピッタリしたやつだ! サラなら絶対似合うぞッ?」

「魔法少女っすよ? 趣旨わかってます?」

「ねえ、サラ。アニメとか観る?」

「あっ、部長、ずりぃ」

「まだあなたも答えてないじゃない。好きなキャラと同じとは限らないし」

「はずしたら五目チャーハンっすよ」

「じゃあ麻婆豆腐ね」

「おーい、ルール変わってるぞー?」


 シプンが呼びかけても聞く耳持たずピルクとバインは火花を散らす。笑顔のまま肩をくすめるシプンのかげでは、しゃがみこんだサラがペトラに「サラちゃんの推しはデスねー」と耳打ちしていた。


「「えこひいき禁止!!」」

「ひゃいッ! ゴメンナサイデス!」


 耳の位置に目でもあるのか、ピルクとバインは完全に同時同句でシンクロしてサラを封じた。「中学生相手に怒鳴るなよー?」と、笑顔常備のシプンもさすがに頬をヒクつかせる。


「もーまだるっこしいなー。自分と属性カブってたやつが優勝ってことでよくないか?」

「あ、じゃあオレそれで」

「えっちょっと、言い出しっぺなのに!?」

「よーし、サラ! 変身しちまえ!」

「イェッサァー!」

「ま、待って! わたしまだ決めてな――」

「アストラル・シャインッ、グローリー・アウト!」


 サラの姿がブレる。ピルクの声が届く前に、サラのいた場所からサラの上半身が消える。

 サラの頭頂部より頭ふたつぶんほど低い位置に、薄桃色の猫耳が立っていた。そのすぐ下には、ダブルテールになったクセの強い長い髪。鼻の低い愛くるしい顔にぱっちりひらいた金の瞳。小さな体にリボンとレースが縦横に走るジャケットをまとい、可憐なヘソをのぞかせるローライズのホットパンツからは、ガーター&ニーソが伸びる。


 差し色を赤にしつつも、同系の色でまとめたコスチューム。それでサラはバインを見習い、手のひらを額に乗せるポーズとウインクを決めた。


「春風と稲妻いなずま、アストラル★セイラン! よろしくデ――」

「「「「「ピンク!?」」」」」


 瞬間、魔女部の五人がありえないくらいシンクロした。


「よろしくデ――でぇぇぇぇ? どどどどうしたデス!? ピンクまずいデスか!?」

「いや、まずかねえ、けど……」


 歯切れ悪く答えたバインが、謎の同意を求めるように部員たちを見まわす。だが全員一様に目を疑う表情で固まっていて、なかなか返事は出てこない。


「魔法少女の変身はね」


 ひとりだけ、絶句は絶句でも興味深げに黙考している様子だったエレンが、サラが涙目でいるのに気づいたらしく口をひらいた。


「自分がなりたい姿であると同時に、自分自身なの」

「……? ソレはどういうことデス、エレンさま?」

「つまり、それがもうひとりの自分だと認められる姿。本来、自分がまったくの別人の姿になるっていうのは、とっても大きなストレスなの。フィクションの世界と違って、そう簡単に受け入れられるものじゃないのよ」

「そうなんデスか? でも、サラちゃんはこの姿、とても快適デスが……」

「そこがこの変身魔法のスゴイところ。願望を完璧に読み取ることで、本人が一番ストレスを感じない姿に変身させる。これは間違いなく〝自分に見合う自分〟だって、疑わずに思える姿にね」


「わかるのは自分だけだしね」と今度は部長のピルク。「認識阻害の魔法があるから、変身すれば原則正体はわからない。自分以外の誰も、自分を自分だと認めてくれない。自分から見てもまったく自分じゃないみたいだったら、そのうち怖くなって変身できなくなる。だから魔法少女の姿は、自分が自分をどう思っているかをも表している――んだけど……」


「赤と白はなかなかいないわ」とふたたびエレン。「真っ赤と純白はね。赤は情熱と信頼。白は清廉せいれんと正義。自分はそれが似合う人間だと心の奥底から信じていなければなれない」

「歴代の部員の記録を見ても、数年にひとりといったところよ。そして赤と白の間にあるピンクはといえば……」

「歴代でも三人。記録でさかのぼれる限りでだけど」


「ざっと百年くらいだな」と、ようやく笑顔に戻ったシプンが話に加わる。「令法野高校ブノコーができてすぐくらいに魔女部もできたらしいぞ? つまりサラは、ここ百年でしかも魔女部始まって以来、四人しかいないうちのひとりってことだな!」

「す、すごい……!!」


 まばたきを忘れたペトラが、さらに目を大きくしたあげくに口走る。


「んーまぁ、これで昼飯はチャラか」


 推移を見守っていたバインは、首をすくめながらも安心したように苦笑した。自分以外がひとしきり落ちつくのを見計らっていたようだった。


「つってもよぉ、めずらしいからってほかになにかあるわけじゃねーから、変に気にすんなよな。結局魔法が使えねえ魔法少女なのはオレらとおんなし。重要なのは、カワイイかどうかだ」

「あら。サラは魔法少女もカワイイわよ」


 ソファから体を起こしたエレンが、不敵に笑って振り返る。とすぐに、口もとを手で隠して、「おっと、アストラル★セイランね」


「そこは認めてやらんでもない。つーか、元よりまだデカくなったらどうしようかと思ってたぜ?」

「ウチは元の姿のほうが好きだけどな」と、飾り気なくシプンが言う。「変身してなくても美人だし、なによりでっかいのはいいことだ! いまの姿もイケてるけどなー」

「まあ、当代の魔女部は美少女系に偏りすぎだものね」とピルクが言い添える。「美魔女枠が欲しかったのもわからなくはないわ」


「そりゃ部長は自分よりすげーのが欲しいだろ。んなタマ二個ぶらさげて美少女はねーわ」

「んなっ。身長はバインのほうが上でしょう!? ってタマってなによコラ」

はエロいからな!」

「明日瑠!」


 後輩と同輩の両方からいじられ、ピルクは両手で胸をかばいながらも真っ赤になって言い返す。


 部員たちが騒ぎあう中、小さなペトラだけが熱のこもった視線でサラ、もといセイランに釘づけになっていた。セイラン派かサラ派かの白熱する議論に当人が半笑いでいるのを見かねたように、ひとり前に出て「あ、あの!」と裏返った声をあげる。


「りゅ、りょうほうっ、しゅ、すす、すきっ……すてきッ、です……!」


 すき、はおそらく言いまちがえたのだろう。ペトラ自身そのことに涙を浮かべて目をまわしそうになっている。

 しかし、倒れたのはセイランだった。ゲリラに爆薬で打ち壊された石像のように。


「うわーっ! サラが死んだぞ!?」

「あっちゃー。まあ、そうか。そのカッコになるってことは、そういうシュミだもんな」

「なんて満ち足りた寝顔……」

「分析してないで起こしてあげないとかわいそうでしょ。最近掃除サボり気味よ?」


 苦言を呈しつつピルクが、そしてペトラとエレンが、恍惚としたまま内なる旅に出ているセイランをそそくさと助け起こしに行く。


 その背中を見送ったあと、バインは同じように手を出さず苦笑しているシプンの横顔を盗み見ていた。自分がひとり冷めた目をしていることに、このときもバイン自身しか気がつかなかった。

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