💝9 魔法少女は入部する ~集合!マジカル☆ファイブ~

「ゴメンなー? エレンはノリがいいから、なー?」


 白金の騎士衣装に赤黒マントのキツネ耳金髪魔法少女に手を引かれ、サラは校舎の二階を歩いていた。うしろからはしずしずと、黒衣の垂れネコ耳魔法少女がついてくる。


 自分の半分ほどしかない手に指先を握られて、サラは謝罪されるまでもなく上機嫌だった。「気にしてないデースおもしろかったデェース」と、いまにもヨダレを垂らしそうな猫なで声で過剰に相づちを打つ。階段の隅に丸まって半泣きだったことはとうに忘れていた。


「しっかし、エレンが変なのにからんでると思ったら、三生みぶが言ってた中学生だったとはな!」

「変なのはひどいでしょ、シプン先輩」

「だいじょぶデース。よく言われマース」


 あけすけに言う白金の魔法少女を、エレンが保育士のような口調でたしなめる。しかし当のサラはデレデレなままだ。


 アストラル★シプンは二年生の魔法少女だそう。

 本名はそうせい明日瑠あする。魔女部の副部長をしているとのこと。ちなみにエレンはやはり、朱鐘と同じ一年生だった。


「魔法少女のときは、本名で呼ばないようになー。自分から訊くのもダメだぞ? 空気読めないやつと思われるからな!」


 自己紹介で本名をすぐに名乗ったあと、シプンこと明日瑠はそう付け足した。魔女部内の暗黙のルールということらしい。


「アカネくんは延々空気読まないけどね」

「三生は三生だからなっ!」

「朱鐘センパイが呼んでるの、人に聞かれても問題ナイデスか?」

「そこは認識阻害の魔法がイイ感じにしてくれるからなー。いま本名で呼んだ! ってことに、ウチら魔法少女以外は気がつかないんだ」


 なるほど、朱鐘のすることにはやはりそつがない、と感心しながら、サラは先日出会った朱鐘の魔法少女姿を思い出していた。

 冷静沈着だが融通のきかないアニメの魔法少女、ドメスティック☆りおん。朱鐘のアストラル★キテラはそれとそっくりだった。しかし『りおん』は本名なのだ。キテラの姿のときに朱鐘をどちらで呼べばいいか、サラには少しだけ難問に思えた。


「まあ、その三生が言うから冗談じゃないとは思ってたけど、ほんとにサラは中学生に見えんな!」

「日本人にもね」

「日本生まれデース」

「そーなのか?」

「サラ、設定」

「ぬほぁッ!? 忘れてたッス!」

「どんまい」

「おもろいなーサラは! 全然だまされてたぞ? その調子で部長もだまそう!」


 楽しそうにはやしながら、シプンは突き当たりの部屋の前で足を止めた。室名札のあるはずの場所にはなにも出ていない。代わりに扉の窓にはコピー用紙に色鉛筆で「マジョ部!!」と極彩色にデザインされた手書きのロゴが、キノコ柄のマステで貼りつけられている。


 ただ、サラはそのことよりも、廊下の隅に置かれた車椅子のほうが気にかかった。黄色いタータンチェックの柄シートがかわいらしい。放置された学校の備品というよりは、誰かの私物じみて見えた。


「たのもー!」


 シプンが元気よく呼びかけ、勢いよく扉をひらく。

 中には三名の魔法少女がいた。


 ひとりは青い衣装の魔法少女。バレリーナの着るチュチュのようなシルエットで、ハイレグのワンピースの上から透け感のある網目のスカートが広がっている。頭には魔法使いらしいつば広のとんがり帽子。教卓に腰かけて文庫本を読んでいる。


 ひとりは平たいつば広帽子に大きな牛のツノをつけた魔法少女。衣装は緑系。大きなフリルを何層も重ねた魚のウロコのようなデザインをしている。片目に片眼鏡モノクル浅葱あさぎ色の瞳は、いましがたシプンが開け放った扉の振動で崩れたトランプタワーを見おろし、悲しそうに沈んでいる。


 最後のひとりは、黄色でまとめたエプロンドレスの魔法少女。クラシカルでかつ少女趣味のレースとフリルで飾られたデザイン。内巻きにロールしたオレンジ色のボブカットの上で、巨大な蝶にも見えるリボンが目を引く。どこから持ちこんだのか、三人がけの革張りのソファに寝そべり、スマホで漫画を読みながらじゃがりこらしきものを食べていた。


 三人が三様、それぞれがそれぞれのペースで目をあげ、または振り返って入り口を見た途端、一様に息を呑んで固まった。特に青色の魔法少女は、「あ、来たのね――」と待ちくたびれたように言いかけてから、ギョッとして凍りついたようだった。続けてなにか言おうとはしているが、口が動くだけで全然声になっていない。そのうち「うっは。すっげ」と声をはずませながら立ちあがった黄色い魔法少女に、先手を取られてしまった。


「三生が言ってたとおり、マジででっけえ中坊だな。つーかガイジンじゃん」

「ハジメマシテデス!」

「日本語うめー。隣り町リョーゼイは地球の裏側とでもつながってんのか?」

「ちょ、ちょっと。失礼でしょう、バイン」


 やっとこさ我に返ったらしい青色魔法少女が、教卓を降りて歩み寄ってくる。バインと呼ばれた黄色魔法少女はニヤケ顔で「なーにビビってんだよ、部長」と言いかえしていた。


「中坊だって聞いてたろ? 最初ビシッと決めねえとナメられるぜ」

「あ、あなたに言われなくッ、て、も……」


 バインが譲ったところへ割りこんで、青色魔法少女がサラと向き合う。しかし、彼女もシプンやエレンたちの例にもれず、サラとの身長差は頭ひとつぶん以上だった。勇んで出てきたはずが、首の角度があがるとともに声がしぼむ。


「がんばれー、部長ー! いまのおまえは魔法少女だー! アストラル★ピルクだー!」

「ピルクー、かっこいー」


 いつの間にかわきに避けていたシプンとエレンから声援が飛んでくる。シプンは笑い顔だしエレンは若干棒読みだったが、ピルクこと青色魔法少女がこぶしを握りなおすには十分だったらしい。


「そ、そうよ。いまのわたしはアストラル★ピルク……アストラル★ピルクッ……」


 背後では牛角帽子の魔法少女もハラハラした面持ちで見守っている。

 ピルクはその波打つ灰色の髪も逆立ちそうな力強さで顔をあげ、改めてサラと向き合うと、すでに汗ばみすぎた顔でにっこりとほほ笑んだ。


「よ、ようこそ魔女部へ。二年で部長のアストラル★ピルク。本名はです。はじめまして、新しい魔法少女さん」


 サラはといえば、ピルクが近づいてきたあたりから、口を半開きにして目どころか顔全体でキラキラと輝きつづけていた。ピルクが差しだした手を迷わず握りかえし、反射的に「ヒッ」と声をあげて逃げられかけたのにも気づかずぶんぶんと上下に振りまわす。


「ハジメマシテ! ぐうどうサラデース! ヨロシクデース!!」

「み、三生くんから聞いているわ。ほ、本当に中学生にしては大きいのね」

「それさっきオレが言っただろ」

「部長さんもおっきいデスね!」

「どこ見て言ってんだ?」


 翻弄されるピルクをながめて茶々を入れたバインが、サラにもつっこむ。サラの目は腕を振るたびはずみ、汗を光らせるピルクの胸もとに熱く荒々しく注がれていた。軒並み低身長の魔法少女たちの中ではある意味一番ファンタジックなふくらみと谷間がそこにある。


「ヘイヘイ、おっぱいタイム終了ぉ。あとでいくらでも揉みゃあいいから、ちゃっちゃと行こうぜ」

「も、揉ませないわよ……」


 揺さぶられすぎて息のあがりはじめたピルクが、バインのひと声で解放される。手汗が自分のものだけでないことに気づいてさらにげんなりしているピルクを押しのけ、バインは目の横でピースするポーズを決めた。


「太陽の妖精、アストラル★バイン! お見知りおきをだぜ!」

「ふぉぉぉっ!? めめめめっちょかわゆいデース!」


 ピルクのウインクを受け取って、サラは沸いたやかんのように絶叫した。


ショー! 自撮りいいデスか!?」

「写らねえけど気分でいいならな」

「やるデース! 撮るデース!」


 バインと顔を寄せて並んだサラはいかにも魔法のようなすばやさでスマホを構え「せるふぃー!」と叫んだ。バインも合わせてキメ顔をする。


「アリガトゴザイマスッ、バイン師ショー!! ってあり?」


 と、サラが上機嫌でバインのほうを振り向いたとき、バインが自分といっしょに写りこませるように、ソバージュした水色の髪の少女を捕まえていることに気がついた。顔を真っ赤にして引きつらせながら、バインにつかまれた両腕でピースをしている。片眼鏡モノクルに見覚えがあるかと思えば、トレードマークの牛角帽子をはずされた、ウロコドレスの魔法少女だった。


「んで、こいつはペトラな。オレやエレンと同じ一年坊主」


 代わりに紹介したバイン(オレっ娘ふたり目ッス!?)に肩を押されると、ペトラはたたらを踏んでサラに抱きとめられるかたちになった。それですでに紅潮していた顔をより赤くしてサラを見あげ、「あの、あの……」と小さな唇をふるわせる。


「ま、まじょぶ、一年の、みずなら陽和ひより……あ、あ、じゃなくて、アストラル★ペトラ、です。よう……こそっ……!」


 言いきって、言いきったことにまた真っ赤になるペトラを見おろして、サラは目の奥で火花が散るのを何度も幻視した。布を重ねてふくらんだペトラの衣装はひときわボリューミーだったが、サラが手をそえて知った腰の細さも目の前にある頭の小ささも、小粒ぞろいの魔女部でなお、とびきりであるようだった。


「ねぇ、サラ。ワタシとも撮りましょう?」


 恍惚としすぎて昇天しかかっているサラに、いつの間にか黒衣の魔法少女エレンがすり寄っている。


「自撮りごっこ、新しくておもしろいわ」

「ヤフゥーッ! エレンさまとも撮るデース!」

「あっ、ずりーぞエレン! おまえだけツーショットとか。オレも入れろッ」

「盛りあがってるなー。部長、ウチらも撮るか!」

「えっ、ちょ、ちょっと……じゃなくてちょっとシプン!?」


 ピルクの背をさすっていたシプンも、その手を押すかたちに変えて、ふたりでサラの背後に回りこむ。

 いくらサラの腕が長いといっても、自撮り棒もなしに集合写真が撮れるほどではない。おまけに魔法少女たちはプレビューの画面にも映らないのだ。その角度ではきっと自分が写らない、そっちへ向ければこっちが入らない――言い争うパステルカラーの少女たちに、前後左右からもみくちゃにされてサラは、


(ビャァァァーッ! 生きててよかったッスゥゥゥゥゥーッッッ!!)


 と吠える代わりに鼻血が噴き出しそうなのまで、全力でこらえていた。

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