💝8 魔法少女は対決する ~設定が難しいデス!!?~

 廊下で出会った鼻眼鏡と垂れケモミミの黒い魔法少女エレンに、サラはすっかり夢中だった。頭ふたつ近く違う体格差も気にせず両手をつないで小躍りしているふたりをながめ、朱鐘あがねは安心したように肩をすくめた。


あり。このまま頼めるか?」

「かしこまり」

「えェッ!?」と、ここに来てようやくサラがまともに朱鐘のほうを向いた。


「朱鐘センパイッ、ごいっしょしないデスか!?」

寓童ぐうどう、おまえ今日ずっとその口調で行く気か?」


 問いかけを無視して逆に問い返され、サラは一瞬息を呑んでから、「な、なんのハナシデースか?」と目をそらした。


「あら。おもしろいからいいじゃない」

「即バレ!?」

「引っ込みがつかなくなっても知らんぞ」


 苦々しく眉をひそめる朱鐘のそばで、サラがわななきながらエレンを振り返る。そのエレンはにへらと、少し下世話な笑みを浮かべていた。


「し、心配ならついてきてクダサイッ、センパイ!」

「こっちはこっちで忙しいんだよ。元々部室に預けたら消える予定だったしな」

「アカネくんは生徒会役員なの」とエレン。すかさず「あがねだ」と朱鐘。


「そしてまだただの雑用だ」

「たたきあげの生徒会長候補」

「ぬわっ、ナンと!?」

「言われてるだけだ。どうせガラじゃない。魔女部もあるし」

「ワタシたちに任せてくれてもいいのよ?」

「二度と異臭騒ぎを起こさなければな」


 用事が終わったら部室に顔を出す、閉校時間までいるようなら送っていく、とサラに言い残し、朱鐘は廊下を戻っていった。そのうしろを、「あれ? シグもデスか?」とサラが問いかけたのにも答えず、魔法生物がふらふらついていく。


「行っちゃったデース……」

「魔女部ってね」だしぬけにエレンが耳打ちをした。「本当は非公式なの」


「ヒコーシキ?」

「学校側はワタシたちがどこの誰だか認識できないから、魔法少女は正式には部外者扱いなの。もっと正確に言えば不法侵入者。部室は空き教室の不法占拠」

「そ、ソウナンデスカ!?」

「ただ、結局正体は在校生の誰かだから、追い出すわけにもいかない。かといって生徒じゃないから、つかまえて指導もできない。そんなこんなで学校側は、見て見ぬふりをしてくれているの。問題が起きない限りはね」

「モンダイ……?」


 サラが目を白黒させると、エレンは藍色のほうの目を閉じて小さな舌先をチラリとのぞかせた。それから不自然に身を寄せ、優に頭ふたつは違いそうな低さからサラを見あげる。


「彼、世話好きでしょう?」浮かべた薄い笑みは、妙に熱っぽい。「だからって、かん違いさせられないようにね」

「カンチガイ?」

「彼と同じ一年生の魔法少女は、みんな彼に誘われて魔法少女になったの」

「え……えエェッ、そうなんデスカ!?」


 サラは一泊遅れて、思わず廊下に響くほどの声をあげた。


 朱鐘はシグがおこなう魔法少女の契約には反感を抱いているようにサラには見えていた。しかし一方で、朱鐘は契約についてやけにくわしく、シグの補佐かお目付け役をしているような口ぶりもときどき見え隠れしていた。ある種の協力態勢にも見えた朱鐘とシグの関係に思わぬ方向から合点がいったことも含め、サラには衝撃だった。


「じゃあ、その、エレンさまも、朱鐘センパイに……?」

「ナンパされちゃった」

「だ、騙された、ワケじゃない……デスよネ?」

「どうかしら。ウフフ……」


 答えず芝居がかった笑みを残し、エレンは体を離す。朱鐘がシグに協力する理由などもまだわからないままだったが、エレンがそのまま階段をのぼりはじめたので、サラもまごつきつつあとを追った。


「ねぇ、サラ。ところで、その口調ネタ、確かに面白いのだけれど、あなた変身は――」

「見つけたぞ! アストラル★エレン!」


 踊り場で一度エレンが振り向いたところで、サラの背後で鋭い声がした。表情を消してエレンが見た先を、サラもはっと振り返る。


 そこに、赤と金のまぶしい魔法少女がいた。


 衣装だけ見れば、背の低い演劇部員のようでもあったかもしれない。式典に向かう西洋の騎士のような、白いタイツに立て襟のジャケット姿。マントは漆黒だが、広がった裏地は燃えるような緋色。構えているのも魔法のステッキではなく装飾剣。

 ただ、輝くような金色の巻き毛は、少女じみた二本の三つ編みにまとめられている。そしてその頭上には、キツネのような三角の耳がふたつ、ピンとまっすぐにそそり立っていた。


「離れろッ、転校生!」吊りあがった赤い目でエレンをにらみつけ、鋭い八重歯ののぞく小さな口が叫ぶ。「そいつは闇落ちしたダーク魔法少女だ! そばにいると精気と運気を吸われるぞ!」


「えっ、え? で、でも、朱鐘センパイはそんなことヒトコトも――」

「来たわね、アストラル★シプン」


 混乱するサラをよそに、踊り場の魔法少女が騎士衣装の魔法少女に不敵な笑みを返す。より驚愕したサラが振り向くと、エレンは両手を大きく広げ、左手にはねじくれた黒い木の杖を握っていた。


「正体を現したな、ダーク★エレンめ!」

「見破られてはしかたないわね。あなたもチューリップに変えてあげる」

「抜かせ! 前年部長のカタキッ!」

「えっえ、えええ!? 設定が難しいデス!」


 突如として目の前に広がった荒ぶる情報の海にサラは絶叫する。ついていけない新参者を置き去りに、立て耳と垂れ耳、光と闇の戦いの火ぶたがいま切られようとしていた。

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