Chap. 2 魔女部へようこそ!!

💝7 魔法少女は登校する ~目に入れると痛いくらい刺激的でクセになる出会い~

「ちゅーワケでやってまいりマシター! 魔法少女たちのそのッ、ブノコーこと私立令法野りょうぶのハイスコーッ! まいはーれむッ!」

「誰に向かって言ってるんだ?」


 出会ってから数日後の昼さがり。サラは朱鐘と令法野高校の正門前で待ち合わせをしていた。

 朱鐘は先日と同じ学ラン姿。土曜日で学校は休みだが、進学校でもあるブノコーは時間講師を雇って補修をしている。同時に生徒へ向けて全校を開放しているらしかった。


「本日ハッ、お招きいただきアリガトゴザイマス! 朱鐘センパイ!」

「あ、ああ」


 勢いよく頭をさげたサラに、朱鐘は気圧けおされ気味の反応を返す。隣りにはシグが、あいかわらず夢に出てくるおもちゃのようにふわふわと浮いていた。


「……制服、問題なかったか?」

「ハイ! 洗って返しマス!」

「いや、むしろほこりっぽく……じゃなくて、サイズの話だ」


 サラはサラで、ブノコーの女子用制服を朱鐘から借り受けていた。ピューリタンカラーという幅広の襟が特徴的でめずらしい仕立てのセーラーワンピースだ。卒業生である朱鐘の姉のお古とのこと。


「姉貴は、その、おれより背が低かったし……」

調整機能アジャスタついてたのでノンプロブレムでシタ! カワイイし動きやすい制服デスネ!」

「ならいい、けど……」


 さまよう朱鐘の視線が、先にサラの胸元を見てから、股下のほうへ落ちる。

 朱鐘が記憶している姉の制服姿は、いつも膝が見えるか見えないかくらいにスカートの裾が来ていた。それをサラが着るとウエストが大きくずりあがって、内ももが半分以上も見えかかっていた。自然と朱鐘の顔も引きつった上で赤くなっていく。


「わっ、誰あの子。留学生?」

「なっが脚!? キリンかよ」

「いっしょにいるの生徒会のアカネくんじゃない? まさかカノ?」

「ぎぇーっ、それは無理ぴえん」


 通りかかる生徒たちもサラを見て様々に反応していく。見て見ぬふりができる者は誰もいない。そもそも在校生にたいするための制服だったのだが、サラの目だちようでは意味がなさそうだった。


「さっきから視線を感じるッス。朱鐘センパイ、もっかして有名人?」

「…………」


 ぽかんとした顔でサラが問うと、朱鐘は無言のままきびすを返し、昇降口へ向かいはじめた。「あり? ちょっ、もう行くんスか、朱鐘センパイッ?」と追いすがるサラに、「授業してる教室もあるから、校舎では静かにな」とだけ告げ、振り向かずに歩きつづける。


 シグだけがその場所にとどまったまま、なにをするでもなく静かにふたりを見送っていた。ただ、サラが朱鐘に追いついたところで振り返り、「どうしたッスかー、シグシグー? 行くッスよー」と大きく手を振ってきたのを見て、


「……シグシグ?」


 とだけつぶやくと、朱鐘のそばまでテレポートした。




    💝 💝 💝 💝




 私立だけあって、はくの洋館を意識したような瀟洒しょうしゃな校舎だ。


 その清潔感にサラが軽くどぎまぎさせられながら廊下を歩いていくと、階段の前で早速魔法少女を見つけた。


あり

「オホーッ!?」


 叫んだのはサラだ。

 朱鐘に呼ばれて振り返る前から、その末広がりな漆黒のシルエットは異様に目を引いていた。


 床を引きずるほどの丈長のローブ。さらにその全身を覆うほど伸びて広がる漆黒の髪だ。

 植物の蔓のような頭冠とうかんから垂れる飾りも黒ブドウ。振り向いた顔だけがとうの人形のように白くやわそうな肌をのぞかせる。つるなしの鼻眼鏡の奥にはつやのあるオッドアイ。向かって右のイエローと左の藍色が、朱鐘たちを見とめてゆるりと細まる。


「あら、アカネくんにシグも。今日和こんにちは

「アカネじゃない。あがねだ」


 挨拶を返さず低い声で朱鐘が言う。

 彼に比べればほとんど小学生のような小ささで、黒衣の魔法少女は見おろされるかたちになる。それで彼女はますます目を細め、口もとにはそわりと笑みを浮かべた。と同時に、頭の上に乗っていたふたつのふくらみがむくりと起きあがる。そういう髪型に見えていたそれは、ぺたりと寝ていただけの大きなケモノ耳だった。


「その子が例の子?」

「ああ」


 頷いた朱鐘がサラに道を譲る。すでに頭越しの熱視線は送られつづけていたが、障害物がなくなるや否や、サラは獲物を狩る猫の速さで詰め寄り片手を差しだした。


「は、ハローデスッ、マジカルガールさん! 寓童サラと言いマース! ナイスツミーツ!」

「誰だよ……」

「ナイス・トゥ・ミー・トゥー、サラ。ワタシはエレン。アストラル★エレンよ」


 急に片言になったサラに朱鐘は当惑する。一方、エレンと名乗った魔法少女はおくした気配もなく、これまた長いローブの両袖から青白い手を出して、サラの手をきゅっと握りこんだ。冷たくてやわらかい感触に、サラは肘から先を残して粉々になって空に消えそうな錯覚に見舞われる。


 が、その握られた手の中に、不意に別な感触があることに気がついて、サラは空から戻ってきた。


 離された手をひらけば、そこに丸いガラスの小瓶。コルクで栓がされたその中には、妙に毒々しい色の花や花の種らしきものが詰まっている。


「コレは……?」

「エレン特製魔法のポプリ」

「マホウの!?」

「っぽく見えるようにしたただのポプリ。お近づきのしるしに」

「絶対ここで開けるなよ?」


 朱鐘が顔をしかめ、あからさまに警戒した動きで距離を取ろうとしはじめる。サラは半笑いで目をぱちぱちさせ、エレンは「あら」とより頬をゆるめた。


「失礼しちゃうわね。ちょっと目に痛いけど、クセになる香りよ?」

「目に痛い時点で危なすぎるだろ」

「魔女っぽいでしょう?」

「ご自作デスか?」


 かみ合わない会話の流れにとらわれずサラが問う。エレンは少しキョトンとしたあと、また元のようにふわりと笑んで「ええ、そうよ」と答えた。


「ワタシたち魔法少女なのに、変身アイテムすらないでしょう? 杖は衣装についてたりするけれど、ただの鈍器だし。だから自分で魔法グッズを作っているの」

「魔法グッズというよりは脱法オモチャの趣きだがな」

「嗜好の違いね」


 朱鐘が牽制けんせいするように水を差すのをエレンは飄々ひょうひょうと受け流す。

 しかしサラは、聞きたいことしか聞こえていないかのように目を輝かせたまま、「すごいデース。えくせれんつデース……」と何度もつぶやいて、ポプリの入った小瓶をいろんな角度から眺めまわしていた。その様子を横目に見て取って、エレンは「ふうん」と声をもらす。


「アカネくん、おもしろい子を連れてきたわね」

「あがねだ。変な子の間違いだろ……」

「ねぇ、サラ。ほかにもいろいろあるのだけれど、興味あるかしら?」

「ホカニモイロイロ!?」


 サラは目から星が出そうな勢いでまたエレンに飛びつく。鼻息荒い様子にさすがの朱鐘も苦い顔のまま笑って、「あるらしいな」と肩をすくめた。

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