💝6 魔法少女は違約する ~自撮りはレイヤーのたしなみです~
日も暮れたあとの歩道橋の端っこに、サラはひとりでいた。階段の一番上に腰をおろし、イヤホンでお気に入りのミュージシャンの配信曲を聞いている。
帰宅者たちのラッシュアワーで、車道側はあふれかえっていた。対照的に、どこをめざすにも歩いては遠いこの道を、歩行者はほとんど通らない。大きな道が郊外と行き来するだけの動線と化すのは、地方の町にはありがちな現象だ。
付近には高い建物もなく、橋の上は防犯と事故防止用に多めにつけられた保安灯だけが明るい。人々が家路につくために灯すヘッドライトの川は目下を流れている。夏空を見おろすようなその光景が、ここに寄り道するサラのひそかなお気に入りでもある。
「……むふっ」
サラは下を見おろして思わずほくそ笑んだ。
お気に入りといっても見慣れた景色。見るたび逐一笑いがこみあげてくるわけではない。
サラがいま見ているのは、膝に置いたカメラの背中だ。
一眼レフほど大げさではないが、コンデジよりはひとまわり大きいミラーレスのデジタルカメラ。武骨な黒い
その液晶に表示される本日の
スライドショーはどれも日中の光景だ。学校らしき場所で、窓越しに少女たちが写されている。サラとは別の制服を着ている子もいれば、明らかに学校にはそぐわない格好をしている者もいた。大きなフリルを何層も重ねたウロコのようなドレスに、牛角のついたつば広帽子をかぶった子。漆黒のマントを
「むふーん。ようけ撮れとるッス~」
サラの鼻歌が大きくなり、使ったことのないどこかの
魔法少女だ。どの写真にも、写っているのは
身バレの危険がなくなると、少女たちは大胆になるのだろうか。そこまで丈を詰めていない衣装でも膝をのぞかせ、ニーソックスの端にまぶしい素肌ののぞかせもする。攻めのローアングルのたまものだけではないことに、撮影者は鼻息荒く高揚していた。
「やー、写らないって言われたときはぴえんだったッスけど、ピンボケひとつしてないッスねー。おっほ?」
青いバレエダンサーのような衣装の魔法少女の写真でスライドショーを止める。
とても高校生には見えない小さく
その谷底を見透かさんとする勢いで、サラは写真をズームする。そうして甘すぎるスイーツを食べたときのように、背中を丸めて声にならない歓声をあげた。
「くぅぅ〰〰ッ!! 魔女部さいこッスぅ! ほわぁ〰〰……」
満足感に酔いしれながら、カメラの電源をオフにした。写真に問題はなさそうだった。
「しっかし、あのタイミングでまだウソつかれるとは思ってなかったッス。というか、カメラに写らないなんてウソつく必要あったんスかね? 朱鐘センパイは真面目クンっぽかったッスし……」
ブツブツとひとりでつぶやきながら、サラは立ちあがった。手に持つカメラを掲げるようにしながら、橋の中央を見る。
「んー、ほんとにほんとは写らないはずだった、としたら……それってどーゆーこと、なんスかね?」
そこに、赤いてるてるぼうずがいた。
赤いだけの、ただの長いレインコートだ。袖のないポンチョタイプ。裾から黄色いカエル柄のレインブーツがのぞいている。背丈と肩幅からも、中身は小学生か、ギリギリ中学生くらいだと知れる。
ただ、フードを目深にかぶっていて素顔は見えない。こめかみあたりから伸びているらしい長い三つ編みだけがはみ出していて、先端には緑の玉飾りがついていた。
「ご依頼どおり、撮っては来たッスよ?」
カメラを顔の横で振りながら、サラはレインコートを観察する。歩幅にして六歩程度の距離。
いつからそこにいたのか、サラにはわからない。ただなんとなく、鼻歌を歌いだしたあたりからずっと誰かに聞かれているような気はしていた。
「ンで聞いたんスけど、魔法少女は普通のカメラには写らないらしいッス。要はこれって普通じゃない、すんごいカメラっつーことなんスねぇ。正直めっちゃんこ欲しいッス。どこで売ってたかだけでも教えてくれないッスか?」
にこやかにたずねてみる。しかしレインコートは、無言で合わせ目から手を伸ばしてきた。袖はなく、日に焼けている以上に黒い肌の、やはり小さな手だ。
「やっぱだんまりッスか……。ま、あーしも実入りだけ聞いて引き受けたんスけど、ねッ」
サラは肩をすくめて手を降ろしたあと、その手を大きく振ってカメラを投げた。
精密機器を投げて渡すことに、さすがのサラも抵抗がなかったわけではない。ただなんとなく、この階段の降り口から極力離れたくないような気もしていた。
ストラップをなびかせ、カメラは無事レインコートの腕に収まる。レインコート側も特に不満はないらしく、そんなことよりとばかりにすばやくカメラを起動していた。メモリーを確認しようとし――たところで止まった。
「惜しいデース」
サラが口調を変えて言うより少し早く、レインコートは頭をあげた。サラがカメラを持っていたのとは逆の手でつまんでいる、小さなメモリーカードが見えただろうか。
「このままギヴ・ユーしてしまうのは、中身があまりにも惜しいデース。マジカルガールズ・パンティラ百連発、オカネじゃとても買えまセーン。前金はオカエシするので、コピーさせてクレませんか?」
しまりのない笑みにウインクまでつけて、サラは指の間にはさんだカードをふりふりと揺らす。もし少しでも指の力を抜けば、カードはすっぽ抜けて車道に墜落し、あっという間に
「ま、スマホでマイホームのPCに送っちまうので、オジカンかからないデスよ? サクッと挿しこんデ……アーット!? チャクシン・デ・バイブガァッ!!」
サラが叫んだのと同時にスマホを取りだした手がありえないほど激しく震えだす。はじかれたもう片方の手からカードがすっぽ抜け、車道に墜落してあっという間に轢きつぶされて有料化されてなおも使われるレジ袋一枚あたりとおそらく同等程度に環境を汚染した。
「あっちゃー。こりゃ申しわけないッスー」
いかにも呆然としたような顔で車道を見おろしながら、サラの口から抑揚のない謝罪が流れ出る。スマホをポケットに戻しながら、同じポケットから茶色い封筒を取りだした。それをサッと地面に置く。
「やー、全部こっちの責任なんで、このとおり! 報酬はお返ししますんで見逃してほしいッス~。一応依頼どおり撮りには行ったっちゅーことで、カードの弁償はごカンベンを!」
深く頭をさげ――たと思わせた隙に逃げだすべくすぐに顔をあげ――たとき、すでに目の前には誰もいなかった。
「おり?」
背を伸ばして周りを見まわすが、橋の上にはサラしかいない。サラの身長でなら
気配、というものを感じ取れるほど、サラは自分が繊細でない自信がある。しかしなんとなくだが、本当に付近にはもう、取り引き相手はいないような気がしていた。
「……まあ、返さなくていいなら、もらっとくッスけど?」
ひとりごちて、足もとの茶封筒を拾う。実のところ、別段お金には困っていない。主にはスパイごっこのようで面白そうだったというのが、どこの誰とも知らないレインコートの依頼を受けた理由だった。加えて、レイヤー界隈の一部では有名な『
「さすがに申しわけなくはあるッスけど、事情が変わったッスからねぇ。これからお友だちになろうって方々の盗撮写真は売れないッスよ」
募金でもしちゃいしますか~、と自分用の言いわけを考えつつ、封筒をポケットにねじこんで、階段に置きっぱなしだったスポーツバッグを肩にかつぐ。それからもう一度橋から見える範囲を見渡して、「やー、でも」と、最後にため息まじりにつぶやいた。
「やっぱりちょーっち、もったいなかったッスかねぇ……」
空いている手で赤いフレームの眼鏡を軽く押しあげる。秋の月は明るく、明日も晴れだと告げていた。
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