💝4 魔法少女は相席する ~うちの害獣がごめいわくを~


「……落ちついたか?」


 ファミレスのボックス席にいるメイドフューチャーな魔法少女がぜんとした顔でたずねてくる。向かいに座っていたサラは「ナントカ……」と弱々しく答えてから鼻をすすった。


 その白黒の魔法少女、アストラル★キテラにシグごとつかまったあと、サラは近くにあったこのファミレスに連れこまれた。メイドに手を引かれて泣きじゃくる真っピンクな魔法少女を見て一般的な民間人しかいない店内は激しく動揺していたが、メイドがメイドですさまじく不機嫌そうだったためか、いまもこぞって見て見ぬふりをされている。

 キテラの一存でアメリカンとパンケーキとふたりぶんのソーダフロートが注文され、すでに引きつった顔の店員によってテーブルに運ばれてもきていた。店員がさがったあとすぐに、キテラは「……炭酸、だいじょうぶか?」とサラにたずねた。サラはえぐえぐ言いながら肯定した。それからキテラがサラに声をかけたのは、いまのでようやく二回目になる。


「ここのパンケーキ、その……」

「……ハイ」

「……冷めると、まずい」

「……太らして食べマスか?」

「ッグ……………………!!」


 冷ややかで美しかったキテラの顔が苦々しく歪み、パフスリーブの肩がぶるぶる震えはじめる。「ヒィッ! ゴメンナサイ!」とサラが反射的に謝ると、キテラの頭がガクッと下を向いて、そのまま大きく息を吐いた。


 長く吐きつづけ、やがて音がしなくなる。

 そうしてふたたび背すじを伸ばすと、また元の冷たい顔に戻っていた。目だけはまだ伏せたまま、口先で小さく唱える。


「グローリー・オーバー」


 瞬間、ようやく乾いてきたはずのサラの目の中でキテラの姿がにじんだ。驚いたサラが数度まばたきをした直後、向かいの席にまったく別の人間が座っていた。


 短い黒髪。詰襟から縦に銀ボタンの並ぶ、黒い学生服……。


「オトコのコ!?」

「そうだ」


 目を開けたその男子学生がサラを見る。キテラのときよりは幾分おだやかな顔だちをしていたが、月夜の海のように冷たく落ちついている様子はキテラとそっくりだった。


令法野りょうぶの高校一年、三生みぶ朱鐘あがねだ」

「高校生サマ!?」

「そこにいるだマスコットの契約者のひとりでもある」


 このひとことを聞いてサラは眼球が吹っ飛びそうな勢いで首をねじった。隣りで自分のソーダフロートをストローですすっていた魔法生物が、「人聞きが悪いなあ」と抗議する。


「朱鐘にうそついたことはないじゃないか」

「黙れ害獣。おまえがうそつきだから契約したようなもんだ」

「そんなの頼んだ覚えないよ。朱鐘のやり方は効率悪いし……」


 ぶつくさと声を小さくしていきながら駄魔法生物だ・マスコットことシグはストローをくわえ直した。流線型の顔の先に口はないように見えていたが、目のある真下あたりに小さな穴が開いているらしい。


「あ、あのぅ……」


 口論が膠着こうちゃくするのを見て、サラはおずおず手をあげてみた。朱鐘、と名乗った、アストラル★キテラという魔法だったはずの男子高校生に対して。


「男の人でも、魔法少女になれるんスか?」

「いや、その話はいまじゃなくて――」

「だ、だってちょっと気になるッス! 消えるッスか? 収納されるッスか!?」

「そんなところまで答えるか!」

「朱鐘は特別なんだよ」


 食い気味に訴えるサラといさめる朱鐘に、横からシグがかぶせるように言った。心なしなぜか得意げに。


「本来、人体のアストラルエナジー保有量は、女性が男性の倍程度なんだ」

「アストる、えなジィ?」

「事実上の『魔力』だ」と朱鐘。「人間のな」


「生命エネルギーとも言えるね」すかさずシグ。「きみたち人間が生存したり子孫を残したりするのに必要なものだよ」


「要するに、おれたち人間や普通の生き物は、生まれながらに魔力にあたるものを持ってるんだ。思いどおりには扱えないだけでな。そしてそこの寄生モンスターは……」


 と言って朱鐘は、また視線でシグを刺す。


「契約を結ぶことで、人間から魔力を吸いあげる」

「吸っ……!?」


 じゅじょぞっ、と音を立ててソーダフロートを吸いつくしたモンスターが、げふう、と行儀の悪い息を吐く。すっかり空になったグラスを見て、サラはちぢみあがった。


「あばば、あっちょんぶりけ……」

「なにそれ?」

「吸いつくされる心配はない」と朱鐘。「取られるのはごく一部で、ほとんど余剰よじょうみたいなエナジーだ。そこへさらに保険をかけて女性、それも人生のうち一番保有量の大きい十代だけに、契約対象は絞られてる。おれは、まあ、偶然保有量が女性並みだっただけだ」

「男性は女性ほど持っていない代わりに、回復力に優れているんだ。そして朱鐘は男性としての特性も持っている。魔法少女としては稀に見る逸材さ」

「そしてその害獣は、おれたちから集めた魔力で魔法を使う。おれたちの変身も、こっちに発動を決める権利があるだけで、厳密にはこいつの魔法だ。重要なのはここから。おれたちがおれたち自身の魔力を扱えないのは、魔法少女になっても変わらない」

「ほぇ……?」


 サラは、自分が五分前まで号泣していたのも忘れ、半笑いで固まった。


 サラはサラなりに朱鐘たちの話を統合していきながら聞いていた。まずシグが使っているのは本来サラたち人間の魔力で、サラたち人間は実は魔力を持っているのに魔法は使えない。だから、魔法少女になるということは、その魔力を扱えるようになること――かと思いきや、いま朱鐘は、「魔法少女になっても変わらない」と言った。つまり、



 ――魔法少女に、魔法なし。


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