💝3 魔法少女は逃走する ~闇落ちオレっ子メイドは強キャラです~
「い、イマの、あーしが、デスか?」
サラは困惑した。真っ赤なロリィタジャケットとピンクのふさふさしたツインテールの猫耳魔法少女――アストラル★セイランの姿の自分を指して、隣りで浮かんでいる小さなドラゴンにたずねた。ぬいぐるみじみた造形のその魔法生物――シグは、なにも疑わしいことはないとばかりに手を打って、サラを称賛した。
「予想以上の出力だよ。これならどんなマガツヒも敵じゃないね」
「まがつヒ? トンボリウスがデスか?」
「トンボリウス?」
正式名称は、ミツオクワガタギガトンボリウスだ。いや、ミツオクワガタギガトンボリウスだった。サラは胸の奥の
「マガツヒは、町中のエナジーを狙う異形の者たちさ。普通の人間には見ることができないんだ」
「サラちゃんには見えてたッスよ? 変身前から」
「それはきみが選ばれた者だからさ」
それはなんだかいま初めて聞きマスが? とサラには引っかかった。つじつまは合うが、取ってつけたような
「び、びぃむっ、シグから出てたッスっ! ホワイッ?」
「誰も杖から出るとは言ってないよ?」
「のぉぉんッ、デマシタ! 言ってなければ許されるシリィズ! あーしはその手には乗らねぇッスし!」
「単純にきみがまだ魔力の扱いに不慣れだと思ったから、ボクが魔法の具現化を手伝っただけさ。いまのきみとボクは魔力でつながっているんだ。言うなれば、いまのボクはきみの体の一部みたいなものさ。魔法生物と魔法少女って、そういうものじゃないかな?」
なるほど、そう言われればそうかも……と納得しかけつつ、サラはまだ言いくるめられているだけのようなもどかしさを味わっていた。
サラから見たシグがサラの一部になったのだとしても、それはシグから見れば、サラのほうがシグの一部になったとも言えないだろうか。シグではマガツヒを倒しきれないと聞いていたのに、シグが放った魔法で倒せたのは、サラの魔法をシグが放ったに過ぎないからで、だから実質的にはサラが倒したことになるのだろうか。モノは言いよう、というニホンゴが何度もサラの脳裏をかすめては消えていく。
「とにかく、きみが正真正銘の魔法少女になったのは間違いない。ただのコスプレじゃないのはわかるだろ?」
「そ、それはそうッス……」
「耐久性や運動能力も変身前より数倍向上してる。それにその姿は、きみ自身の願望をかたちにしたものでもあるんだ。残念ながら
「そ、そうなんスか? 確かにめちゃんこカワイイッスし、ちっちゃい女の子が好きで自分もちっちゃくなりたかったサラちゃんの性癖ど真ん中どストライクで正直どへへ、って感じッスけど……」
疑りながらもいまの自分を意識すると頬がゆるんでくる。この姿でどこかのイベントに出かけていくことをサラは想像してみていた。ガーターベルトのまぶしいピンク髪オリジナル魔法少女現るッ! 許可なしフォトをSNSに拡散されてもサラの生活は脅かされない。セクハラにも悪漢にも鉄拳制裁し放題。ついでに見かけたひったくり犯なども捕まえて警察に表彰されたり……は無理なのか? いずれにせよ正体不明の美少女としてサブカル界隈で時の人になれるだろう。万バズ常連のガチレイヤー様たちとご交流の機会も得られるかもしれない。歯の内側に溜まってきた唾を、サラは音を立ててすすった。
「ズズッ……う。で、でもっ、その、マガツヒ? は、ほっとけないッス!」
「そんなに頻繁に来るわけじゃないんだ。ボクのほうに感知能力があるから、見つけたときには呼びに行くよ」
「魔法の、訓練とかはっ?」
「そればっかりは慣れと、あと才能だからね」
「さいの……」
「向いてればそのうち自然と使えるようになるよ」
「む、向いてなければ?」
「難しく考えるのはよくないね。気持ちをおだやかに保つのが魔法を使いこなすコツさ。試しに目を閉じてごらん? 自分が一番落ちつける風景を思い浮かべて。自分を空気と一体化させるんだ。ほら、感じてきたよね。自分の内側にアストラルの輝きが――」
「確かに感じるな。自分の内側に怒りを」
猫いっぱいのスタジアムに布団を敷いて寝ている想像にうっとりしつつ、でもやっぱ魔力なんかさっぱりッス~、と思っていたサラは不意に目を開けた。
夕闇に呼ばれてついたばかりの街灯をあおぐ。
LEDの傘の上に、巨大な耳かきを持ったメイドが立っていた。
メイドだ。純白のヘッドドレスに漆黒の衣装。大きなリボン結びを翼のようにうしろに広げたフリルのエプロン。
短すぎるブラウスのせいですっかり露出している、ペコッとへこんだ
その黒髪があごの高さで切りそろえられているのまで見て、サラはハッとした。
記憶の奥にあるどマイナーな魔法少女アニメの登場人物。巨大な耳かきを振り回す無口なメイド……。
「あなたの鼓膜に
「アストラル★キテラ!」
その名をつぶやいたサラの隣りで、シグも彼女を見て叫んだ。りおんではなかった。
「しまった。こんなに早く来るなんて」
「お、お仲間、ッスか?」
「違うよ、アストラル★セイラン。あれは悪の心に染まった魔法少女。君と敵対する悪魔法少女だ」
「闇落ち魔法少女!?」
「なっ!? おまえ、言うに事欠いてッ……」
キテラと呼ばれた魔法少女が憎々しげに声を荒げる。常に澄ましていて格式ばった言葉づかいのドメスティック☆りおんとは
「敵対って、戦うッスか? 強いッスか?」
「おい、待て。おれはそいつを――」
「ひぇぇッ、オレっ
「逃げるんだ、セイラン。いまのきみに勝ち目はない」
「あ、コラッ」
シグに結論を突きつけられた途端、そのシグを小わきに抱えてサラは走りだした。
話に聞いたとおり、人間ではありえない速さまでものの数歩で加速する。速すぎて面食らったがサラは止まらなかった。この脚力なら走っているバスの上にも飛び乗れるかも、と考えながら公園を飛びだした。
そのサラの眼前に、耳かきが突き刺さる。
砕け散るアスファルトのつぶてにぶつかって、サラは火花が出るほど靴底を擦った。立ち止まってそのままへたりこんでしまい、耳かきのそばに降り立つ白黒の魔法少女をただ見あげる。
「ひぅぅぅっ、強制負けイベ!?」
「逃がさんぞ……」
長めの前髪の間から地獄の空もかくやと思える赤々とした目がのぞく。
白い長手袋をしたしなやかな手が伸びてくるのを見てとって、サラはとうとう、こらえきれずに泣きだした。
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