冬はこたつとケーキ 春は外でお昼寝
「おかえりなさいませ、旦那様」
「ただいま。アイナは……今日はラティウス家に行ってるんだったね」
「はい。夕方には戻られるとのことです」
おやつには少し早いぐらいの時間。
外での公務を終えて帰宅した僕を、妻が出迎えて……はくれなかった。
今日のアイナは、兄のアルトさんに呼び出され、実家で過ごしているのだ。
僕と籍を入れる前も、入れた後も、アイナはそれなりの頻度で実家に顔を出している。
自発的に帰ることもあれば、妹大好きなアルトさんからの悲しみの手紙を受けて仕方なくだったり、理由は様々だ。
でも、兄妹ともに結婚した頃から、そういった手紙は来なくなったそうだ。
今回だって、寂しいからではなく、なにか用事があってアイナを呼び出したようだ。
「用事……用事か……」
妹を大切に思う兄が、アイナを傷つけるようなことをするはずがない。
そう確信できるのに、何故だか嫌な予感がした。
「旦那様。やるべきことを終わらせて、すっきりした状態で奥様に『おかえり』と言うのだと、そうおっしゃっていましたよね?」
「……そうだったね」
老執事から小言をもらいながら、執務室で時間を潰す。
そうしていると、あっという間に夕方を迎えた。
今ぐらいには戻ってきているはずだった妻は――まだ帰ってきていない。
***
「旦那様、奥様が……」
「! 帰ってきたんだね!?」
今日はもういい、と執務室から解放されて1時間ほど経過したころ。
なかなか帰ってこない妻を心配してそわそわしていると、使用人に声をかけられた。きっと、アイナが帰ってきたんだろう。
使用人の返事も聞かず、早歩きで玄関へ向かう。
運動神経もよく、通常より足も長い僕が本気を出せば、それなりの速度で移動することができた。
すぐに妻の姿を発見し、勢いを落とさずに接近する。
僕に気が付いたアイナが、へにゃりと嬉しそうに笑った。うん、可愛い。
手が届く距離まできたら、そのまま抱きしめてみる。
安心や喜びから、自然と深いため息が漏れた。
「……おかえり」
「ただいま。遅くなってごめんなさい」
アイナの腕が、僕の背に回された。
ついでに、ぽんぽん、とあやすように軽く背中を叩かれる。
「構わないよ。1時間や2時間帰りが遅くなることは、僕にだってある。なかなか帰らせてもらえなかったりもするからね」
「まさにそういう感じだったかな……。ちょっと盛り上がっちゃって」
「盛り上がる?」
そこでアイナから離れ、会話を続けながら歩き出す。
夕食や入浴も済ませつつアイナの話を聞けば、少し困ったことになっているみたいだった。
10代が終わる頃から、冬の彼女は色々なことをするようになった。
こたつという暖房器具を用意したり、クリスマスを祝ったり、餅つきをしたり……。
どれもこの国にはなかったもので、僕も初めは驚き、珍しいと感じたりもしたものだった。
それと同時に、アイナがやっているあれそれを広く知られると大変かもしれない、とも感じていた。
教えて欲しいと興味を持たれ、アイナが疲れてしまうんじゃないかって。
真面目な彼女の負担を増やしたくない。あまり話を広めないよう、気を付けているつもりだった。
でも、毎年の恒例行事と化してきたためか、去年や今年は僕もすっかり油断していた。
「それでね、クリスマスについて詳しい話を聞きたいって言われたんだけど、正直、私も人に説明できるほどわかってなくて……」
「はは……」
結果、いつの間にか噂になっていたようで、「シュナイフォード家の冬の話をして欲しい」と女性たちにお願いされてしまったそうだ。
ちなみに、その女性たちは兄・アルトさんの妻の友人知人で、アルトさんは妻のお願いを断りきれずにアイナを呼び出す形になったとか。
「今日はちょっと疲れたな……」
夫婦の部屋で休む時間になると、ソファに並んでいたアイナが、ぽすん、と僕に身体を預けてきた。
冬のあれそれについて説明を求められたうえに、「お二人は仲がよいのでしょう?」と盛り上がる女性たちの話も聞き続けたそうだから、疲れはするだろう。
肩に手を回し、軽くさすって労わってみる。
すると更に体重をかけてきたけれど、特に重くもなければ嫌でもなかった。むしろ嬉しかったから、彼女の好きにさせた。
冬の次は春がきて、その次は夏。
だんだん涼しくなって秋を迎え、「涼しい」から「寒い」になって冬がくる。
1つの季節が終わるときは、なんとなく、少し寂しい気分になる。
でも、冬も夏も、他のどの季節も、両手両足の指を使っても数えきれないぐらいの回数を、彼女と一緒に過ごすんだろう。
そう考えると、寂しさよりも、楽しみだなって気持ちの方が強くなった。
「アイナ」
「なあに、ジーク」
「春はなにをしようか」
「んー……。あったかい日に、芝生のうえでごろごろするとか?」
「いいね。もう少し暖かくなったらやろう」
***
この日を境にどんどん話が広まって、数年後には冬のある日に焼き菓子やチキンがよく売れるようになることを、僕らはまだ知らない。
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