叶ったけど、敵わない
「はあ……」
私が『ホワイトデー』と決めた日まで、片手の指で足りる日数しか残っていなかった。
それなのに、ジークベルトへのお返しは決まっていない。
候補はいくつか考えた。でも、どれもしっくりこない。
今の私は、きっと、浮かない顔をしているんだろう。
こんな姿を夫に見せたら、そんなに気負わなくていいと苦笑されてしまいそうだ。
「あの人が、私に贈り続けてくれた気持ち……」
婚約してからの10年以上、彼は毎年、私に花を贈ってくれた。
その花を見れば、なにを返せばいいのかわかるかもしれない。
そう思い、私個人の部屋にやってきた。私専用の机の引き出しを開ける。
そこには、彼がくれた花束を押し花にしたものがしまってある。
茎も含めて丸ごとそうしたものもあれば、花びらだけを使ったものもある。
バラなんかは押し花にするのが難しいから、10歳のときにもらったそれは、花びらしか残っていない。
ハガキサイズの用紙に飾り付けてあったり、しおりとして使えるようになっていたり、大きいものもあったりと、作りも色々だ。
年齢や花言葉も一緒に書き残してあるため、これらを見れば、10歳からの軌跡がわかるようになっている。
10歳のときは、10本のバラ。
11歳のときは、11本のバラ。
12歳のときは、12本。
このまま年の数のバラでいくのかと思ったら、13歳から種類が変わるようになった。
いつしか、今年はどのお花かな、どんな色かな、と毎年の楽しみになっていた。
当然、今年も彼にもらったカーネーションで押し花を作った。
まだ綺麗に咲いているのに花びらを切り離してしまい、申し訳ない気持ちもある。
でも……。枯れてしまう前に、保存したかった。
今年の花束から作ったのは、青いカーネーションの花びらを使ったしおりを2つと、4色全て取り入れてハガキサイズの用紙に飾り付けたもの。
しおりは、1枚は使う用。もう1枚は予備のようなものだ。
失くすつもりはないけれど、万が一もある。
「私の気持ちがこもっているなら、なんでも嬉しい……かあ……」
青い花びらで彩られたしおりを見つめ、小さく息を吐く。
これまでは、彼が身に着けることができるものや、私が刺繍をしたハンカチなどを贈っていた。
いつもいつも、悩んで、迷って。
これにすると決めたあとも、大丈夫かな、喜んでもらえるかなって、ドキドキしてた。
そして毎年、ありがとうって言葉と笑顔が返ってきた。
「…………うん、決めた」
なにが正解かなんてわからない。
でも、今の私があの人に伝えたい気持ち、贈りたいものは、わかった気がした。
***
ホワイトデー当日。
夕食後、夫婦の時間を迎えた私は、ジークベルトに1枚の封筒を差し出した。
「あの……。これ、お花のお返し……です……」
白地に小さな金の箔押しが入った、シンプルだけど上品なそれ。
厚みはほとんどなく、封筒本来の厚さとあまり変わらない。
気持ちをこめたプレゼントへのお返しが、これだけなのか。そんな風に思われないか、少し不安だ。
並んでソファに腰掛ける彼は、じいっと封筒を見つめたあと、しっかりと受け取ってくれた。
「中を見ても?」
「……どうぞ」
「これは……。押し花?」
「……うん」
私が彼に贈ったのは――青いカーネーションの花びらを使ったしおりだ。
しおりを手にした彼は、なにも言わなかった。
私の中で、不安が膨らんでいく。
結婚して初めて迎えた『ホワイトデー』の贈り物が、しおり1枚だったんだ。
彼の方は、私の意図がわからなくて混乱しているのかもしれない。
たしかに、これだけじゃなにも伝わっていない可能性がある。
……でも、物に込めた気持ちは、言葉で伝えることだってできるんだ。
「……あのね」
私は、ゆっくりと話し出す。
これは元々、自分用に作ったしおりのうちの1枚。
あなたに贈ると決めたのは、出来上がったあとだった。
だから、作りもシンプルで、贈り物には適さないかもしれない。
金銭的な価値なんて、ありはしない。
それに、あなたにもらった花を、返してしまうようにも感じる。
彼は、私の言葉を黙って聞いていた。
「……でも」
このしおりが、私の気持ちが形になったものだと思った。
あなたにもらった青いカーネーションを押し花にして、しおりとして使えるようにした、この1枚が。
あのカーネーションは、きっと、あなたにもらったときが1番きれいだった。
まだ元気に咲いているうちに押し花にしたけれど、あのときほど輝いてはいないのかもしれない。
けれど、見た目が変わったとしても。美しさで敵わないとしても。
あなたにもらった大切なものだってことは、変わらない。
「だから、えっと……」
ここまで話してみたけれど、上手く説明できている気はしなかった。
「押し花だって『永遠』じゃないし、だんだん劣化していくんだけど、それもまた、味わいだったりして……」
「……うん」
「お返し、どうしようってたくさん悩んだの」
「うん」
「あなたの気持ちを私が違う形にして、何年先も残しておけるようにしたもの……。って言っても、やっぱり劣化はするんだけど……。ほ、ほら、しおりだから、ちょっとしたときに使うこともできて……」
「うん」
「えっと……。結局は、押し花を使ったしおりなんだけど……。あなたとの今までとこれからを大事にしたい、って気持ちは込めたつもりなの」
私なりに頑張って話したとは思う。でも、色々と自信がなくなってきた。
「ジーク。受け取ってくれますか……?」
弱々しい声になってしまった。
隣に座る彼を、ちらりと覗き見る。
表情を確認したかったのだけど、彼は片手で自分の顔を覆っていて、どんな顔をしているのかわからなかった。
「あ、あの……」
「……敵わないな、本当に」
「ジーク……?」
ぽつりと言葉を落とすと、彼は顔を隠すのをやめ、しっかりと私に向き合った。
「ありがとう。もちろん、喜んで受け取らせてもらうよ」
「……!」
ジークベルトは、すごく嬉しいことがあった男の子みたいに笑っていた。
彼がよくする、余裕たっぷりの、隙のない笑みじゃない。
王族でも、当主でもなく……。ただの『ジーク』が笑っていた。
そのあとは、今まで作ってきた押し花を二人で眺めた。
こうしていると、思い出話がいくらでも出てくる。
そのうち、彼が「君の作品を屋敷に飾ろう」なんて言い出す。
ダメだと返せば、彼はちょっと残念そうにしていた。
「人に見せるのは嫌かい?」
「嫌、というか……。人に見える場所に飾るなら、そのつもりで作りたいかな、って……。だから、来年からでいい? シュナイフォード邸に相応しいものを目指すから」
「……その気持ちや姿勢は嬉しいけど、頑張りすぎないでね」
***
妻にもらったしおりを挟み、本を閉じる。
今日は少し時間が取れたから、シュナイフォード家自慢の蔵書を読みに来ている。
子供の頃、僕らはここでひたすら本に向かっていた。
当時の僕は、彼女の心が自分に向いてないんじゃないかと少し不安だった。
でも、今はそんな風には思わない。愛されていると確信できる。
僕の初恋は、立派すぎるぐらいに実ったのだ。
「好きだって気が付いたのは……。7歳のとき、だったかな」
あのときも、アイナは僕に花冠を贈ってくれた。
率直に言ってしまえば下手な作りの、庭に咲いていた白い花で作った、金銭的な価値なんてない贈り物。
それでも、彼女が初めて一人で作ったのだというそれは、何よりも輝いて見えた。
「……叶ったけど、敵わないなあ」
初恋は叶っても、僕は一生、君がくれるきらめきに敵わないのだろう。
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