なんでもいいとわかっているからこそ難しい
「うーんんんん……」
ある日の昼下がり。
私は、シュナイフォード邸の一室で頭を悩ませていた。
そろそろ休憩に入るジークベルトの『ご褒美』として、ここで待機している。
詳細は知らないけれど、「きっちり働いたら奥様に会わせてあげます」みたいな取引が、執務室で行われているそうだ。
そんなことをしなくたって、あの人は、やるべきことはやると思うけれど……。
とにかく、今は彼が馬で、私はぶら下げられた人参なのである。
座ってぼうっと庭を眺めながら、考える。
2週間ほど前、ジークベルトからカーネーションの花束を贈られた。
前世でいうバレンタインにあたるイベントで、彼は婚約後から毎年ああして花を贈ってくれるのだ。
年齢と同じ本数の花をくれたのは、今までと同じだった。
ただ、今年は――
「永遠の幸福、かあ……」
花束は22本にして、23本目として、青いカーネーションの一輪花を用意していたのだ。
彼が教えてくれた、青いカーネーションの花言葉を思い出す。
あったかくて嬉しくて、くすぐったさでむずむずしてきた。
サプライズ的な感じで用意していた辺りからも、あの一輪が特別だったことがうかがえる。
……渡し方は、あんまり上手くなかった気がするけれど。
顔も頭もスタイルもよく、地位もある人なのに、この手の演出はちょっぴり下手なのだ。
そういうところも好きだから、私たちはこれでいい。
大好きで大切な人が永遠を願ってくれること、嬉しくてたまらない。
本当に嬉しい。私も、同じくらいの気持ちをあの人に返したい。
あなたと一緒なら、いつまでも続く幸せが存在すると思えるって。実現させるために努力しようと思えるって……。そう伝えたい。
だからこの2週間、お返しについて考え続けていた。でも、これだというものが思いつかない。
「ハードルが高い……。どうしたら、青いカーネーションに勝てるの……?」
いや、勝つ必要はないけれども……。
勝たなくてもいいけど、あの人に負けないぐらい、気持ちの込もったものを用意したいのだ。
この世界には、日本でいうホワイトデーに該当するイベントはない。
お返しをするかどうかも、いつお返しをするか、なににするかも、贈られた側の自由ってことらしい。
前世の記憶がある私は落ち着かなかったから、18歳のとき、勝手にホワイトデーを制定。
以降は、毎年その日にジークベルトにお返しを渡していた。
私が決めた『ホワイトデー』まで、約2週間。
おそらく、ジークベルトもその日にお返しがもらえると考えて、期待している。
それなのに、何を用意するか決められずにいた。
「どうしよう……」
「なにがだい?」
「ぴゃっ……!?」
突然、なにかに両肩を触られた。その『なにか』の正体なんて、後ろを見なくたってわかる。
「ジーク? なんでここに?」
「なんでって、休憩に入ったから……かな……?」
「あ、そっか……。だから私もここにいるんだった」
「『どうしよう』って言ってたけど、なにか悩み事かい?」
「そ、それは……。ジークには内緒」
「内緒、ねえ……」
背後に立ったままの彼と会話を続ける。向かいにでも座ればいいのに、彼は動かない。
ジークベルトは、そのまま私の肩を揉み始めた。
変な触り方はしてこないから、下心はないようだ。慢性的な肩こりに悩まされている身としてはありがたい。
でも、どうして今ここでこんなことを……?
なんでもそつなくこなすこの人は、肩を揉ませても上手い。
技術もあるのだろうけど、信頼する人の手だと思うと余計に気持ち良く感じられて、思考がぼんやりしてくる。
心地良すぎて、細かいことはどうでもよくなってきた。
「ああー……。あ、そこ、きもちいい……」
「力加減はどうだい? 痛くない?」
「もうちょっと強くても大丈夫……。んっ……あー……。ジーク、なにをしても上手だよね……」
「こういうこともできるんだよ」
「あ゛あ゛あ゛……」
どこで覚えたのか、絶妙な力加減とリズムで肩を叩いてくる。
き、きもちいい……。なに……? プロなの……?
「あー……さいこう……。ジークだいすき……プロの夫……」
「プロの夫……?」
「うん……。すてきな旦那さんだから、プロの夫……」
「それは光栄、だな……? ……で、君はなにを悩んでたんだい?」
「ジークへのお返し、どうしようかなあって……。青いカーネーションに見合うものが思いつかないの……」
「なるほど。それで最近、考え込むことが多かったんだね」
「うん……。あなたと一緒なら永遠も信じられるし、そうなるように頑張りたいって気持ち、どうしたら伝えられるかな……」
そこまで話すと、ジークベルトの動きが止まる。
「ジーク? もうおしまい……?」
もっと続けて欲しい。そんな気持ちを抱きつつ、彼の様子を確認する。
ジークベルトは、ちょっと俯いて、片手で顔を覆っていた。
「君は……。本当に、可愛いしちょろい……」
「え? ……あれ? あれ!? 私、今なにを話して……」
「ごめんね。お返しについて悩んでるって、聞かせてもらったよ」
「ず、ずるい……! 油断させて聞き出すなんて」
無駄に育った胸のせいで肩が痛む妻を気遣う、素晴らしい夫だと思ったのに……。
なんだか、騙された気分になってきた。
「いやあ……お返しのことだろうなとは思ってたけど……。そこまで真剣に考えてくれていたとはね」
「……形や言葉にして相手に渡さないと、気持ちは伝わらないから」
「……そうだね」
ジークベルトが私の髪を撫で、一房とって軽く持ち上げた。
よく見えないけど、髪にキスでもしたんだろう。
「……君がいてくれて、本当によかった。幸せだって思えるよ」
「……」
いい雰囲気っぽくしてるけど、もう騙されないし流されない。
わざとらしく溜息をつき、意図して態度を悪くする。
ものすごく機嫌が悪い風にしたつもりだけど、背後に立つ彼が怯むことはない。
それどころか、
「ごめんごめん、無理に聞きだしたりして悪かったよ」
と私の頭に手を置き、ぽんぽん、と優しく動かしてくる。反省の色が見えない。
女は頭をぽんぽんされたら喜ぶとでも思っているのだろうか。
私はこの人のことが大好きだけど、たまに「この男……!」みたいな気持ちになる。
深い溜息を、もう一度。
「お返しと一緒に言葉も贈るつもりだったから、本人にはまだ秘密だったのに……。騙して聞き出した挙句、人のことをちょろいだのなんだの……」
「はは……。聞き出したことに関しては、本当に悪かったと思ってるよ。当日までのお楽しみにしておきたかったんだね」
「……そういうこと」
ちょろい発言への謝罪がなかった気がするけど、反省しているなら、とりあえずは許してあげよう。
「……アイナ。僕はね、君が想いを込めてくれたものなら、なにをもらっても嬉しいんだよ」
「ジーク……」
「だから、君の思うままに……」
「その『なんでも』が難しい……!」
「あー……。それは、確かに……」
ホワイトデー、本当にどうしよう。
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