私、運動します
「……ねえ、ジーク」
「なんだい?」
冬も終わりに近い日の夜だった。
暗い声を出す私とは対照的に、ジークベルトは朗らかだ。
私を足の間に座らせて後ろから抱きしめる、「充電」の真っ最中だから機嫌がいいのだろう。
一緒に暮らし始めた頃、私はジークベルトをたくさん甘やかした。
状況が状況だったから、彼を甘やかした私も、私に甘えた彼も間違っていなかったと思う。
よしよしと撫でたり、抱きしめたり、膝枕をしたり……。彼のためになるならと、色々なことをした。
その結果、ジークベルトは定期的に私にくっついて「充電」しないと心の健康を保てない人になってしまった。
この人の意外と甘えん坊なところも好きだけど、私のせいでこうなった面もある気がして、若干の罪悪感があったりもする。
そういった経緯があるため、責任を持って充電に応じている。
……可愛いから甘やかしたい、くっつかれると嬉しいって気持ちのほうが大きいけど。
彼がいつものソファに腰掛け、少し足を開いてじいっとこちらを見つめてきたら、充電が必要になった合図だ。
後ろから優しく抱きしめられ、頬擦りをされ、髪をとかれたり、一房とってキスされたり……。
一緒に暮らすようになって5年以上経つのにこれだから、羨ましいと感じる人もいるだろう。幸せな光景だと受け取ることもできる。
私だって、いつもなら、あったかくてくすぐったくて、幸せだった。
けど、今は喜びに浸ることができない。
「率直な意見を聞かせて欲しいんだけど」
「うん……?」
「こうやってくっついてて、なにか思ったり感じたりしない……?」
「思ったり、感じたり……?」
彼は私の髪を指に巻き付け、くるくるといじる。
あっ、と小さく声を漏らしてからこう答えた。
「幸福感!」
自信満々に放たれた言葉。
ついでに両腕を使ってぎゅうと抱きしめてきた。
もちろん、痛くないように力を調整している。
うっ……。可愛い……嬉しい……好き……。
「嬉しいけど、すごく嬉しいんだけど、そうじゃなくて……!」
「あれ、そういう話じゃないんだね」
「……ったの」
「え?」
「太ったの……」
ハロウィンの時期はお菓子。
冬はケーキ、チキン、お餅……。その他にも、日本の冬っぽいものをいろいろ。
籍を入れてから初めて迎えた冬だったこともあり、はしゃいでたくさん食べてしまった。
ジークベルトと違い私は運動が苦手で、進んでやるタイプでもないから、食べた分を消費しきれない。
そうなると……。
「この前、体重をはかったら増えてたの……。それを知ってから鏡を見たら、身体もふっくらした気がして……。ジークなら、太ったかどうか触った感じでわかるかなって……」
「……」
彼が無言で私のお腹を触る。
ふに、と軽く揉んでから、
「……なるほど」
とだけ呟いた。
「待って、なるほどってなに……!? ちゃんと教えて!? ちょっと触ってわかるほど太ったのか、そうでもないのか教えて……!?」
「はは……」
「ジーク、どうしてごまかすの!?」
「今のほうが触り心地がいいから問題な」
「つまり肉付きがよくなったってこと……!?」
やっぱり、夫の彼から見ても太ったんだ……!
他の人が太っていたって気にしないし、ジークベルトの肉付きがよくなったって好きでいられると思う。
年を重ね、彼のお腹がぷにぷにのぷよぷよになったら、それはそれでありな気もする。
でも、でも……!
「これくらい気にしなくてい」
「気にする! ダイエットする……!」
そんなの気にしないよって考えは、自分には適用されないのである。
「ええ……。ダイエットって、具体的にどうやって?」
「えっと……。運動、は普通にやっても続かないだろうし、ご飯は美味しいし……」
「じゃあ無理せずこのまま」
「! 凧揚げ! あれなら遊びながら走って運動できて、凧もあがって嬉しい……! ジーク、次の休暇は凧揚げね!」
「あ、僕もやるんだね」
巻き込まれることになった彼には、こう言っておいた。
「私だけで凧があがると思う?」
対する彼の返事は、
「……せっかくやるならちゃんと飛ばしたいよね。うん、わかるよ」
だった。
わかってくれてありがとう。
高く高く、どこまでも。
一緒に凧を飛ばしましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます