ジーク視点 アイナは海苔と醤油、ジークは色味がアイナに似てるからバター餅が好き

「お餅食べたい……」


 シュナイフォード家の離れにて。

 当時婚約者だったアイナがそうぼやいたのが3年前。


「おもち……?」

「うん、お餅……。もち米を、こう……蒸して、ついて、こねて……みたいにすればできると思うんだけど……」


 はあー、と彼女が盛大な溜息をつく。

 きっとこれも「どこか遠い国」の食べ物なんだろう。

 詳細はよくわからないけど、アイナが食べたいと言うならなんとかしてあげたかった。

 

「作り方だけ聞いた感じだと、その『もち米』ってやつが手に入れば作れるんじゃないかな?」

「……! そっか、もち米があれば作れるんだ……。私、ちゃんと調べてみる!」


 うんうん、元気なアイナは可愛い。

 好きな人を笑顔にしたいし、僕も手が空いたら一緒に調べてみよう。

 ……なんて思っていたら、その日のうちにアイナ一人でもち米の存在と生産場所を特定し、入手経路を調べる段階に入っていた。

 僕の大切な人は、ちょっと抜けているところもあるけれど、基本的に頭がいいのだ。

 最終的には、もち米の確保も道具の準備も僕に頼ることなく終わらせてしまった。

 そんなところも好きだけど……少しは頼られたかった気持ちもある。

 お餅が食べられるとご機嫌のアイナは可愛いけれど、彼女の夫になる男としてはちょっと寂しい。


「アイナ、僕らは夫婦になるんだから、君がやりたいと思うことには僕も力を貸すよ」


 そんな気持ちからそう言うと、


「えっと……じゃあ、餅をつく係、やってくれる……? 力のある男の人じゃないと、ちょっと大変な仕事で……」


 どこか遠慮した様子で返された。

 力のある、男の人……! アイナにそう思われていることを知り、ぐんと気分が上昇する。

 

「いくらでも頼ってくれていいんだよ」

「ジーク……!」


 アイナがぱあっと顔を輝かせた。

 ああ、好きな子に頼られて、こんな風に笑顔を見せてもらえるって、すごく嬉しい。



 それから数日後。

 休日に餅つきを行った僕らは、二人揃って腰を痛めていた。

 痛い……腰が痛い……とうめく20歳の男女。原因は餅つき。色気のないことだ。

 道具と彼女の話から、作り方はなんとなく想像はできたし、実際ほぼその通りだった。

 木で作られた、ハンマーに似た形の道具……きねというらしい、で蒸したもち米を潰し、その後はきねを振り下ろして、ぺったんぺったん、ぺったんぺったん、ぺったん…………。

 潰すのもつくのも結構な重労働で、アイナが男手を求めた訳を理解した。

 その間、アイナもただ見ているだけじゃない。

 もち米を入れた容器――うすの隣にしゃがみ、必死に生地をひっくり返している。

 最初は共同作業っぽくていいねなんて笑い合っていたけれど、最後の方のアイナは、


「ジーク、もうちょっと……もうちょっとだけいい……? もう少しで私が求めるお餅になる気がして……」


 と虚ろな瞳になっていた。



 二人では無理だと判断し、次からは他の人も動員。

 徐々に規模が拡大していき、今年はそれぞれの親族も招待して餅つき大会を行った。……どの辺が大会なのかはちょっとよくわからない。




***



 

 クリスマスの少し後、今年も無事に餅つきを終えた。

 そんな頃、夫婦でのお茶の場に、餅を使ったお菓子が登場した。

 この時期に外で過ごすのはつらいから、中庭が見える部屋で温かいお茶を飲んでいる。

 お茶と一緒に並べられたのは、餅になにか混ぜて丸めて、ちょっと潰したような感じのお菓子だ。


「アイナ。これは……餅を使ったお菓子かい?」

「うん。料理長に相談して作ってもらったんだ。……まず、これはチョコ餅」

「チョコ餅……」


 チョコはわかりやすい。

 お菓子でこの色といえばチョコやココアだ。


「こっちがバター餅」

「バター餅……」


 なるほど、この黄色い感じはバター。


「で、これがイチゴ大福」

「ああ、それは前にも食べたね。美味しかったよ」


 そういえば、このピンク色の生地は前にも見たことがある。

 餅本来の色のままでもいいけれど、せっかくだからピンクにしてみたとアイナが言っていた。

 10代のときにきっちり料理を習っただけあって、アイナが作ったり考えたりしたものは美味しくできている。

 だから、初めて目にする料理であっても、変なものなのではと心配する必要はない。

 

 イチゴ大福の味は知っているから後にするとして……。チョコとバター、どっちからいこう。

 少し悩んでから、僕はバター餅、チョコ餅の順に口に運ぶ。

 優しい甘さのバター餅と、中にとろっとしたチョコの入ったチョコ餅。

 どちらもとても美味しかったから、また食べたいとアイナに伝えた。

 僕の感想を聞いたアイナはにこにこと嬉しそうだ。



 子供も喜びそうだから、姉さんたちにもレシピを教えてみるのはどうだろう。

 リーンやエーリカといった子供たちが喜んでくれると嬉しい。

 親族といえば、クリスマスケーキのお礼が届き始めている。

 そんな風に話が展開してく。

 妻が考案した作ったお菓子を食べながらお茶を飲み、お互いの家族の話をする……。

 冬の寒さなんて忘れてしまうぐらいに温かく、穏やかな時間だった。

 こんな時がずっと続けばいい。


 実はそろそろお茶休憩も終わりの時間なのだけど、もう少しアイナと話していたい。

 この休憩時間を少し延ばして、次の休憩を削るのはどうだろう。

 今日は急ぎで片づけるべき仕事もなかったはずだし、もうちょっと、もうちょっとだけ……。

 そうやって幸せに浸り続けようと画策する僕の視界に、誰かの影が入り込む。


「旦那様、そろそろお戻りになられた方がよろしいかと」

「……」

「もうこんな時間……。あまりのんびりして、主人の邪魔をするわけにはいきませんね」

 

 影の正体は、僕が生まれる前からシュナイフォード家に仕えている執事だった。

 僕のお目付け役ってわけではない…………はずだ。

 アイナが時計に目をやり、少し寂しそうに微笑んだ。

 彼女は真面目な人だから、この手のことはきっちり守るのだ。

 そして、愛する妻に戻れと言われたら、僕は大人しく仕事に戻る。

 僕は穏やかな時間を彼女と共にしたいのだ。妻に余計な心配をさせてまで、わがままを貫き通したいとは思わない。

 執事もそれを理解しているから、こういう時はアイナにも聞こえるように話しかけてくる。

 

 邪魔されてしまったな……。

 いや、誰が悪いのかと聞かれれば、この場合は僕だろうから邪魔も何もないのだけど……。

 それでも、仕事に戻るというよりは連行されているような気持ちになってしまう。

 執務室へ戻るために席を立つと、アイナがちょこちょこと僕を追いかけてきた。

 足を止めれば、彼女はちょっと背伸びをする。

 アイナに合わせてこちらも少し屈むと、耳元でこう囁かれた。


「ジーク、また後でね」

「……!」


 僕らの身長差が元に戻る。

 意図せず上目遣いになったアイナが、ふふ、といたずらっぽい笑みを浮かべた。

 ……さっさと仕事を済ませて二人の時間を作ろう。

 気合いを入れ直した僕は、残りの仕事を特急で片づけた。



***



 お茶の時間に始まり、クリスマスや餅つき、ハロウィンなどの季節の行事まで。

 奥様と過ごす時間を用意すると、旦那様のやる気が上がり、仕事もよく進む。

 いやあ、旦那様がわかりやすくて……ご夫妻が仲睦まじくて本当によかった。


 シュナイフォード家の執事は、そう考えてジークベルトにアイナ休憩を与えているとかなんとか。

 

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