ジーク視点 硬くて冷たいそれは、いつだって輝いて
「チキン美味しい……」
「ベリーのちょっと酸っぱいソースが甘いケーキに合う……」
「チーズフォンデュも最高……」
「美味しいものにチーズをつけるともっと美味しい……」
こんな感じでとろけつつ、時折、んー……と可愛らしい声も出し、幸せでたまらないといった表情でご飯を食べるのは、他でもない僕の妻。
二人きりだと、食事中のアイナはこうなってしまう。
自宅であっても使用人がいるときはここまでにはならないし、出先ではシュナイフォード家の人間として上品に振る舞っている。
……美味しい美味しいととろけないよう、外では相当頑張っているんだろう。
僕と二人だから素の自分を出しているのかと思うと、なんだか嬉しい。
幸せそうにしている人を見ていると、こちらも心が温かくなる。
今日も愛らしい妻を微笑ましく見守っていると、
「お酒も……いいなあ……」
アイナが不穏な言葉を発しながら席を立ったため、素早く彼女を止め、そっと椅子に戻した。
本当に飲む気はなかったのかもしれないけど、不安だ。
色がそれっぽければいいかと、小型の冷蔵庫からぶどうジュースを取り出してアイナのグラスにそそぐ。
「心配しなくても、飲まないから大丈夫なのにぃ……」
ややふてくされるアイナ。その「なのにぃ」という言い方から、既に雰囲気酔いしている印象を受ける。
間違ってアルコールを出したりはしてない……はずなんだけど……。
一応、開封済みの飲み物を確認する。お酒は混ざっていなかった。
だというのに、最終的にアイナはぐでっとテーブルに突っ伏した。
この人は自分の体内でアルコールが作れるのかもしれない。
「アイナ、大丈夫かい?」
「んー……。だいじょーぶ……」
うん、ダメそうだ。アイナもこの様子だし、そろそろお開きかな。
自分で動きそうにないし、ベッドに運んであげよう。
そのつもりでアイナの身体に触れたとき、彼女が口を開いた。
「ねえ、ジーク」
「うん?」
突っ伏したままのわりには、しっかりした声だった。
アイナはちょっとだけ顔を横に向けて、じっと僕を見ながら言葉を続ける。
「来年も、再来年も……。一緒に美味しいものを食べようね」
「もちろん」
「みんながこうしてケーキやチキンを食べられたら……いいのにな……」
「……そうだね」
「私ね、美味しいって思えることも、美味しいものが食べられる環境にあることも……好きな人が同じものを食べてくれることも……。本当に幸せだなって思うの」
「……うん」
そういった思いがあるから、アイナは親類にケーキを贈ったり、使用人にふるまうケーキの1つ1つに苺を乗せたりするんだろう。
一緒にご飯を食べて、美味しいねと笑い合いたい。
そんな、ささやかな願いのように思えて、実はとても難しいことを、少しでも叶えたくて。
なんとなく、こういったことを話す彼女は、どこか遠くを見ているような気がする。
それがどこなのかは、僕にはわからない。
僕はアイナの幼馴染で、夫だ。
ずっとずっと彼女を見ていたはずなのに、よくわからないこともたくさんある。
きっとこの先も、彼女の全てを知ることはできないのだろう。
でも、彼女が抱く気持ちは間違っていない。
全てを話してくれなくたって、僕はこの人の手を取りたい。掴んで離したくないと思う。
みんながケーキを食べられるといいなんて、夢みたいなことを話すこの人の、小さくて柔らかな手を。
「だから……えっと……」
「……アイナ」
「ん……」
どう続けようかと迷うアイナの左手に自分のそれを重ね、少しだけ力を込めた。
「僕も、君の願いに少しでも近づきたい。……これからも一緒に頑張ってくれるね?」
「……うん」
柔らかく温かい手に触れているはずなのに、硬くて冷たい感触もする。
それが何かなんて、見なくたってわかる。
だって、他でもない僕が、彼女の指にはめたものなのだから。
……なんだかいい雰囲気になったけど、このままでいるわけにはいかない。
頑張りたいこと、やりたいことがあるのなら、まずは自分が元気でいた方がいい。
「……よし、とりあえず君はベッドに入ろう。そこで寝ると風邪を引く」
「こんなところで寝ない……」
「へえ……?」
アイナの手を握ったまま笑みを深める。
しゃがんで目線の高さを合わせると、彼女はさっと顔を下に向けた。
今は気をつけてるようだけど、子供の頃は机の前で力尽きてることもあったって、僕は知っているのだ。……実際に見たわけじゃなくて、他の人から聞いた話だけど。
「アイナ?」
「ベッドに入ります……」
「うん。それがいいよ」
こうして今年の「クリスマス」も無事に終了した。
来年、再来年も、ずっと先も。彼女がクリスマスと名付けた日に、二人でケーキを食べるのだろう。
……いや、二人、ではなくなるかもしれないな。
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