ジーク視点 妻がこたつと呼ぶ何か 僕も最高だと思う

「ジーク、そろそろ『あれ』を出そうと思うんだけど……」


 ある日の朝、腕を組んで立つアイナは水色の瞳をきりっとさせ、真剣な声でそう言った。

 そこだけを切り取ると、大事な話が始まったようにも見える。

 でも、髪はところどころ跳ねていて、寝間着で……。そんな格好のアイナが小さく欠伸をするものだから、いつもの朝だな、と安心してしまった。

 ちなみに、さっきの言葉は歯磨きと洗顔だけ済ませてきたとアイナの第一声だ。髪を整えるのは後にするらしい。

 アイナは、ある程度自分で身だしなみを整えてから、髪や化粧の仕上げを使用人に任せることが多い。

 なので、ぴょこぴょこと髪が跳ねた姿を頻繁に見ることができるのは、僕ぐらい。夫の特権だ。

 洗面所から戻ってきたばかりのアイナと、ゆっくりソファに腰掛ける僕。

 部屋の広さもそれなりだから、少し距離がある。


 通常なら「あれを出す」ってなんのことだろうと思うのかもしれない。しかし、僕は18歳の頃からアイナとともに暮らす男だ。彼女の言わんとすることはなんとなくわかる。

 これは多分、こたつの話だ。


「うん、寒くなってきたしいいんじゃないかな」


 言いながら、彼女に向かってくいくいと手を動かす。そんなところに立ってないでこちらにおいで、という意味だ。

 僕の意図もしっかり伝わり、アイナは素直に僕の隣に腰掛けた。

 アイナより先に目を覚ました僕は、軽く身支度を済ませ、一人でお茶を楽しんでいた。

 彼女も飲みたがると思ったから、茶器は二人分用意してある。


「君は? カフェインは入ってないやつだよ」

「じゃあ私も」


 アイナよりも早くポットに手を伸ばし、空のカップにお茶を注ぐ。

 カップを温めたりはしていないけど、朝からそこまでしなくていいだろう。

 ふざけて「どうぞ、奥様」なんて言ってみれば、彼女は「なにそれ」とくすくす笑った。


「はー……。美味しい……」

「夫の僕が淹れたお茶だからかな?」

「自分で言う? ……ジークが用意してくれたから美味しいのは、本当だけど」


 後半はちょっと小声で、恥ずかしそうにぽそっと。隣に座る僕にはしっかり届いた。

 恥ずかしがり屋なのに、ちゃんと言葉にしてくれる。そんな妻への愛おしさで心を温めていると、


「そうだ、炬燵のことなんだけど。できそうなら今日中に用意するね。やっぱり冬は炬燵が欲しくて」


 こたつの話に戻された。


「あ、うん……」


 そうだね。心だけじゃなくて、身体もあたためなきゃだからね。寒いのはよくないね……。暖房器具は必要だね……。


 18歳の時、彼女と迎えた初めての冬。

 アイナは遠慮がちに「こういうものを作りたいんだけど」と仕様が書かれた紙を見せてきた。

 それから毎年シュナイフォード家に設置されているのが、アイナがこたつと呼ぶ暖房器具だ。


「ああでも、どこに設置しよう……。置かない方がいい場所とかある?」


 アイナの言葉を受け、僕も考えてみる。

 前の冬までは二人で離れを使っていたけれど、今は本邸にいる。移動して初めての冬だから、設置場所が決まっていないのだ。


「置くとダメな場所や、動かさないで欲しい家具は特にないかな」


 軽く辺りを見回してから部屋の一角を指差し、あそこはどうかと提案してみる。

 アイナもそちらに視線をやり、あの辺にするならあれはちょっと動かして……等呟いていた。

 できればもう少しアイナに協力したいけど、僕は僕で今日も自分の仕事がある。だから僕はここまでだ。

 幸い、この家にはアイナに好意的な使用人がたくさんいる。相談すれば快く力を貸してくれるだろう。


「アイナ。一人でやれそうだと思っても、周りに声をかけて手伝ってもらうように」

「だ、だいじょうぶ……だいじょうぶ……。みんなに相談しながらやります……」

「僕からも少し話しておくからね」

「はい……」


 前科持ちのアイナに強めにそう言うと、彼女はなんとも気まずそうに、けれど素直に頷いた。



***



 公務を終えて帰宅した僕は、無事に設置されたこたつに出迎えられた。

 足と骨組みだけのローテーブルの上に厚手の布――こたつ布団というらしい――を敷き、更にその上に板を置いて動かないように固定。発熱するものを中に仕込んだ暖房器具。

 こたつとは、大体そんな具合のものだ。

 アイナが言うにはまだ改良の余地があるらしい。


 食事や着替えを済ませ、僕もこたつに入ってみる。


「……あったかい」


 僕の素直な感想を聞いたアイナは、なんだか誇らしげだ。

 彼女はすっかりこたつの虜になっていて、もはや頭しか出ていない。

 こたつは確かに良い暖房器具だ。そうなんだけど、こうも隠れられてしまうとアイナに触れなくて困る。

 今年もアイナをこたつに取られてしまった。そう思っていると、なにかに足をつつかれた。

 なにかって、僕に触ることができるのはアイナだけだ。今この部屋には僕ら夫婦しかいない。

 こたつに潜っているアイナが僕に触れて遊んでいるのだ。


「ジーク、今年もなるべくあったかくして過ごそうね」


 見えない場所で僕の身体に触れながら、アイナがいたずらっぽく笑う。

 心身共にあたたかいし、秘密の触れ合いっぽくてドキドキする。

 ……前言撤回。今年もこたつは最高だ。

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