ジーク視点 大切な人と過ごす特別な1日だとか
とある冬の朝。
今日は、妻がずっと楽しみにしていた日だ。
僕らが18のとき、この月のこの日をアイナがクリスマスと呼び始め、ケーキやチキンを並べて祝うようになった。
僕にとって、この日はなんでもないただの平日だった。
でも、アイナと暮らし始めてからは特別な1日になった。
「アイナ、今日は『クリスマス』だったね」
「うん。ケーキとチキンとシャンメリーを用意して……。私も何品か作る予定」
「それは楽しみだな。なるべく早く帰ってくるよ」
アイナの額に軽く口付ける。すると彼女は僕の胸に手を置いて背伸びをし、いってらっしゃいのキスを――してくれなかった。
僕らの身長差は元に戻り、アイナに後ろに下がられてしまう。
「……アイナ?」
笑顔で一歩前進。彼女は一歩後退した。今はダメか……。
二人きりならキスを贈ってもらえたはずだ。
僕がこれから外出するため、僕らはこの屋敷の玄関にいて、見送りのために使用人も並んでいる。他の人の目があるのだ。
周囲に人がいることを思い出し、ためらってしまったんだろう。
夫婦間、それも家の中で挨拶のキスぐらい恥ずかしいことでもないし、ここにいる誰も僕たちを咎めたりしない。
それでも彼女が気にするなら仕方ない。
ふむ、と僕は考える。
「やっぱり二人きりのときに攻めるべきか……。お返しのキスをもらえなかったのは少し残念だけど、こういう恥ずかしがり屋なところも含めてかわ」
「いってらっしゃい」
遮られた。早く行けと愛する妻に追い出された。
本気で怒っている風じゃないけど、人目があるときにぐいぐいいきすぎたかもしれない。……少し気をつけよう。
外が暗くなり始めた頃、帰路に着いていた。
夕方と呼ぶには少し早いぐらいだけど、季節が季節だから日が短い。
今朝やりすぎたことへのお詫びの気持ちもあり、手土産を買って帰ろうかとも考えた。
アイナが喜ぶものといえば、美味しい食べ物だ。
でも、家にはケーキやチキン、彼女の手料理が用意されてるはず。
あえてこの日に食べ物を追加することもない。
そうなると飲み物だけど、シャンメリーも用意していると話していたから……僕が買うものは特にない。
ちなみに、シャンメリーはアイナが考えた飲み物だ。
簡単に言えば、瓶に入った炭酸飲料。
ぱっと見はシャンパンだし、開栓したときにぽん! と軽快な音もする。
でも中身はソフトドリンクだから、アルコールが苦手な人や子供でも飲める。
これは喜ばれるかもしれないと感じて売り出してみたら、なかなかに好評で。じわじわと販路を拡大中。……という話は、今は重要ではない。
食べ物も飲み物も買わないなら、本人に話した通り、早めに帰ることにしよう。
家にいる時間を増やせば、アイナも喜んでくれる。そんな風に思えるぐらいには、妻に愛されている自信がある。
自宅に到着し、出迎えてくれた使用人にアイナの居場所を確認。食事の準備をしていると教えてもらえた。
立場の関係もあり、普段のアイナはあまり厨房に立たない。でも、今日は特別だ。
彼女が言うには、クリスマスは大切な人と過ごす日らしい。
だから何品かは自分で作り、夫である僕と一緒に食べたいのだと彼女は話していた。
頑張る妻を見に行こう。許可が出たら僕も調理に参加して共同作業を……なんて考えて、軽装に着替えてから厨房に顔を出す。
「ただいま、アイナ。よければ僕も手伝いを……」
「……! 主人禁制!」
すぐに追い出された。朝に続いて二度目。虚しい。
多分、メニューは秘密にしたいから見ないで欲しいのだろう。
一応、おかえりの言葉はもらった。
クリスマスの準備に参加したかったけれど、僕がやることは特になかった。
この家の主人である僕があれこれやりすぎると、周りに気を使わせてしまうのだ。
ならばとアイナに近い使用人を呼び止め、話を聞かせてもらう。
聞けば、今日は昼食や休憩の時間にローストチキン、ケーキなどが振る舞われたそうだ。
手や服が汚れないようチキンは食べやすいサイズにカットされ、切り分けられたケーキの1つ1つにイチゴが乗っていたとも。
持ち帰り可能なお菓子も用意されたとか。
それから、僕とアイナそれぞれの姉、兄のところにもしっかりケーキが届いたようだと教えてもらった。
元々は二人でひっそり「クリスマス」を過ごしていたけど、徐々に拡大していき、今では親族にケーキを贈り、使用人の食事も少し豪華にしていたりする。
僕はクリスマスの詳細を知らない。それでも、特別な日が増えるのは嬉しいし、親族や使用人も喜んでいるから特に問題はなかった。
使用人と話して過ごしていると、アイナが呼んでいると声がかかった。
きっと、お祝いの準備ができたのだろう。
アイナに指定された場所は、普段食事を取っているダイニング……ではなく、僕ら夫婦の部屋だった。
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