第19話 感謝の言葉
俺が過去に戻ってきた理由は何だろうか。
二回目の2012年7月11日の日々を過ごしながら、小学校の教室の窓の外に灼熱の太陽に照らされた校庭を眺め、俺はそんなことを考えていた。
間違いなく現代の俺はあの殴殺女に殺されていた。そして、俺は偶々、過去に戻れたことであの殴殺女の正体を暴き、俺の彼女、照木花(俺は花ちゃんと呼んでいたが)をその殴殺女の悪の手から護るというのが目的となった。
だが、このタイムリープが俺に都合よく動いているとは考えにくいだろう。
もし、このタイムリープが俺に都合よく動いているのならば、こんな8年前に戻す必要なんてない。花ちゃんと殺人現場と化したお化け屋敷に入る前に戻ってくれれば、容易く回避できるのだ。だけど、このタイムリープはここまで戻ってきてしまっている。これで一目瞭然だろうか。
俺はそんなことを考えながら、ちらりと後ろの席に座る成瀬の方へと視線だけ向けた。
「な、なにさ。八輪」
「いや、なんでもねぇよ」
俺の視線に気が付いた成瀬が俺にそう言ってきたが、俺は特に言うことがなかったのと授業中であったため、適当にそう答えると視線を前へ戻した。
そして、過去に戻ってきた原因の一つとして俺が考えていたのは、藤田達から成瀬へのいじめの件があるのでないかと思っていた。俺は元々の世界線ではこのことを全く知らなかった。知ろうともしてなかったのもあるが。けど、それで成瀬は転校してしまったことを変えさせるために、俺は過去に戻ってきたのではないだろうか、俺は過去に戻ってきたのではないか、という考察だ。
だけど、成瀬へのいじめに関してはある程度、不安要素は残るものの、解決したと俺は考えている。もし、過去に戻ってきた原因がそのことならば、もう俺は現代に戻っていてもおかしくはない。
だから、何か明確な理由があるはずだ。俺が過去に戻ってきたという明確な理由が。
と、ここまで考え事に夢中だった俺の右脇腹に、五本の指が触れた。全く想定していない刺激に俺は無意識化で体を揺らしてしまっていた。そして、ギギッと椅子の脚が地面に擦れる音が教室中に響き渡り、俺は起立してしまっていた。
「……………へっ??」
俺自身でも笑っちゃうくらい間抜けな声と共に、担任の剛力先生は松葉杖を突きながら俺の方をじっくりと見ていた。それだけじゃない。俺以外のクラスメイト全員が俺の方を見ている。そして、隣の席の向井は机に突っ伏し、肩を揺らしながら静かに笑っている。絶対、俺の脇腹にツンとやった犯人、こいつだろ。
だが、今の状況は間違いなく授業妨害だ。俺は甘んじて罰を受けるとしよう。
「八輪と向井。授業後、職員室まで来るように」
甘んじて罰を受ける決意をした報いだろうか。ことの発端となった向井も巻き添えにすることとなった。だが、罰といっても、どうせ少し宿題を増やされるとかだろう。精神面は19歳の俺だ。少し宿題を増やされる程度ならば、大したことはない。
だが、授業後、職員室で下された罰は想定外のものであった。
「向井だけ放課後に教室掃除な」
と、剛力先生にそう言われた。
まぁ、確かに俺は脇腹を突かれただけなので罰を与えられないのは当然といえば当然なんだが。そして、少し自分でやったことを後悔しつつ、職員室を出て行く向井を横目に、俺は剛力先生に問いかけた。
「なんで俺は呼ばれたんですか?」
俺がこの質問をしたのは、少し剛力先生には負い目があったからだ。成瀬へのいじめを協力して解決することを誓い、会う約束もしていたはずなのに、階段から転げ落ちて怪我をしてしまったのを無視して俺はあの日、逃げ帰ってしまった。
そのことを問い詰められて問い詰められるのか、俺は。でも、あの場で逃げてしまったことは拭いきれない事実だ。俺はぐっと歯を食いしばって、次に来る言葉に俺は備えた。だが、剛力先生は俺の想定外の言葉を発した。
「ありがとうな、八輪」
「…………えっ」
俺は思わず間抜けな声をあげてしまった。死んでしまうかもしれない状態の先生を放っておいて、俺は逃げ出したんだ。怒られたり、憎まれたり、蔑まれたりされることはあっても、先生に感謝されることなんて俺はしていない。
だが、先生は話を続ける。
「俺が解決できなかった問題をお前が解決してくれたんだろ。最近の成瀬達の様子を見てもわかる。だから、ありがとう。心から感謝する」
剛力先生はここまで言い切ると、座ったまま頭を下げた。
ここまで感謝されることはしていない。成瀬を助けたかったのもあるが、俺はただ将来、再び出会えると信じている俺の彼女、『花ちゃん』に顔向けできるように自分の意思を貫こうと思っただけだ。
けど、それでも俺と協力してくれた向井のおかげで成し遂げることができたことを改めて実感し、俺はどこか高揚していた。
だが、この成瀬へのいじめの件が解決したことによって、新たな事件が引き起こされてしまうことを俺はまだ知らない。
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