第18話 胸を張れる人間に

藤田恭子との一件から二週間が経った。

俺が警告を出してから、藤田恭子は成瀬に何もしていないらしい。

だが、未だに引っかかっている点がある。それは藤田恭子が最後に言ったあの言葉だ。俺のことを『随分頭が切れる八輪君』と言い放ったのだ。もし、本当に藤田恭子が成瀬をいじめることを止めようと思っているのであれば、そんなことを思うはずはないのだ。だけど、あいつはそれを言った。

実はまだ止めていないのか?

俺が班登校しながら、そんなことを考えていると、後ろから駆け足が聞こえてきた。嫌な予感はしたが、反応するのが遅かった。


「八輪―!!へのキック!!」


「ぐほっ!!」


俺の背中に衝撃が走った。そして、突然やってきたその衝撃に抵抗することなどできるわけもなく、アスファルトの地面に転がった。

もちろんこんなことをする奴は一人しかいない。


「っておい!!何すんだ、成瀬!!」


「何すんだ?、じゃないよ!!他の子たち置いて行っているから!!」


と、飛び蹴りしてきた張本人、成瀬が後方に指をさしながらそう言った。その先へと目線を向けると、確かに遠くに俺の登校班の子たちがゆっくりと歩いてきている。

俺は考え事に夢中になりすぎて、登校班の班長という立場でありながら、この同じ登校班の子たちを置いてきぼりにしてしまったのだ。それを副班長の成瀬が教えに来たというわけだろう。


「いや、悪い。ちょいとぼーっとしてた」


「しっかりしてよ!!班長でしょ」


とだけ、俺に言うと、俺の登校班の子たちの元へと戻って行った。

あの日以来、成瀬にも異常はない。というより、少し前よりも元気になってきている。元気になりすぎているような気もするが。


俺は登校班の子たちと合流すると、今度は離れないように気を付けながらまた考え始めた。


藤田恭子達はこの二週間、学校を休むことなく普通に登校している。俺もあいつらも何もしなかったからこそ、こうやって何もなく学校に通うことができている。本来なら、藤田恭子達の悪事を露呈させたかった。だが、あの二週間前の会話を録音したというのは俺のハッタリだし、それ以来何も成瀬に関することをする気配もないため、証拠を手に入れることは難しいだろう。


だが、この二週間で変化あったとするならば、担任の剛力先生が意識不明から目を覚ましたことだ。全治二か月程度で、今日から松葉杖を付きながら学校にも来るらしい。しかし、結局階段から落とした犯人の顔は見ることができなかったらしく、学校は剛力先生がうっかり階段から転げ落ちたということで話を終わりにしたと噂話で聞いた。


そんなことを考えているといつも間にか学校についており、そのまま登校班の子たちと別れた。俺と成瀬は俺たちの学年の下駄箱のところまで行き、上履きを下駄箱から取り出していると。


「うおーい!!めぐると成瀬―!!」


と、後ろから向井の声が聞こえてきた。そして、かなり本気の走りで俺らの傍まで駆け寄ってきた向井は、俺らの前で止まると、息切れをしながら俺らにグッドポーズを向けた。


「おはよう!!」


「お、おう。朝から元気だな…。相変わらず」


「それが俺の取り柄だからな」


と、満面の笑みを浮かべながら、そう言うと俺に次いで挨拶をした成瀬が向井と話し始めた。

そして、結局成瀬と向井は付き合うことはなかった。俺が藤田恭子と直接対面していて、何かされないだろうかと向井は心配してばかりで何もアプローチができなかったらしい。

そこは何とか成功してほしかったが。


「ほら、何ぼーっとしてるんだよ。めぐる。ここから教室まで競争だぞ」


「とりあえず八輪には負けない。八輪には負けない」


と、向井と成瀬はそれぞれに言った。少し面倒くさいが、楽しい日々。精神は大学生ながら小学生ライフを謳歌しているのかもしれない。

だが、ふと思った。というより、思ってしまった。俺は小学生の時、こんなにも謳歌できる小学生ライフを送っていたのだろうか。少なくとも向井や成瀬と共に過ごす時間というのはあまりなかった気がする。


つまり、俺は過去を変えてしまったのか。だが、悔いはない。元の時代の俺の彼女に胸を張れる人間に俺はなると決めたんだ。


「しょうがない、やってやるよ!!」


俺はそう言うと、二人と共に駆け出した。俺の元の時代での彼女、『照木花』という名前を。

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