第17話 ハッタリ
「それで私に話って何かな?」
この件の全ての原因である藤田恭子は俺の方を上目遣いで、そう問いかけてきた。だが、頬は不気味につりあがり、どこか全てを見透かしたような表情を浮かべていた。
俺の心臓が大きく鼓動したのを感じた。あの時の同じだ。藤田恭子という人間を前にすると、冷や汗をかき、おかしな緊張や不安を感じる。
だが、どんなにこの藤田恭子がどんな悪女であっても、ここで挫けるわけにはいかない。というより、俺は今日、あえてこの悪女に全てを露呈させるために呼び出したのだ。
「今日、お前を呼び出したのは他でもない。成瀬のことについてだ」
俺がそう言うと、藤田恭子のわずかな表情の変化を見逃さなかった。吊り上がった頬が乱れ、眉がぴくりと動いた。そして、もう全てを見透かしたような表情はそこにはなかった。
「成瀬さん?どうして成瀬さんの話をするの?」
「もうとぼけなくていいぞ。俺はトイレでいじめていた現場に出くわしたんだ。それをお前だって知っているだろ」
「ああー、そうだったね。じゃあ、回りくどく隠さなくていいかな」
藤田恭子はそう言うと、ふう、とため息を吐いた。そして、俺の顔に鼻が触れるくらいの近さまで距離を詰めると、再び頬がつりあがった表情を浮かべて、黒い髪を揺らしながら話を続けた。
「そうだよ。私が成瀬さんをいじめたんだ。ははー、バレちゃったか~」
その時の藤田恭子の表情はまるで、つまみ食いをしていることを親にバレたかのような、無邪気で反省の色が見えないものであった。
この女には成瀬をいじめたことに関して、罪の意識なんて感じていないのだ。
藤田恭子は少し俺から離れると、空き教室にある椅子に腰を下ろし、足を組んだ。
こいつは悪だ。だが、こいつは藤田恭子という自分自身のことを悪なんて思っていないのだろう。そして、それを悪だということを理解することなど到底できはしないのだろう。
「なんでそんなことをしたんだよ!!」
「はは、急に大きな声を出さないでよー、びっくりするなー」
「答えろ!!」
「答えは単純だよ。それは私が欲しい物を手に入れるためにはこの手を汚すことも厭わない、とそう思っているからだよ」
「は?」
意味が分からなかった。欲しい物を手に入れたいから成瀬をいじめた?どうして?理由になっていない。
そんな疑問が俺の頭の中を巡っていると、ふふ、と藤田恭子は笑った。
「面白いね、やっぱり。この話をするといつも皆、同じ反応をする。例えば剛力先生とかもね」
「…………剛力先生もお前が」
「そうだよ、私がやった。楽しかったなー、後ろからこっそり近づいて、背中をぽんと押すのは。でも、残念なのはただ一つ、転がったところを見られなかったことかな。でも、色々調べたかいがあったよ。手袋を着けたり、靴も上履きじゃない普通の靴の私のサイズより大きなものを使ったりさ。色々気を付けたんだー」
何を言っているのか、わからない。何なんだこいつは。
今すぐにでもこの女を殴り飛ばしたい。蹴とばしたい。自分のやったことを理解させてやりたい。
だけど、そんなことをしたら、俺の未来だって危うい。それに藤田恭子といつも共にいる平野理沙や石原緑の姿だってない。もし、その二人が俺たちのことを隠し撮りとかをしている可能性だってある。下手な行動は起こせない。
「でも、そんなことを俺に話しちゃってもいいのか?それを俺が誰かに話す可能性だってあるわけだ。それにもし、剛力先生が目を覚ましたら?お前は終わりだぞ」
「そうだね。一応、剛力先生の件に関しては、顔も隠したし、少しインソールで身長も高めにしたから問題はないかな。だから、八輪君が黙っていてくれれば、良いだけなんだよね」
「俺が黙っているとでも?」
「そうだね。八輪君はタダでは黙っていてくれないかもね。けど、少し考えてもみてよ。仮に八輪君が大人に剛力先生の怪我を私がやったって言いふらしたところで、どれだけ信憑性があるの?あれは現場に居なければいなかった人物だけしか知らない話だよ。むしろ八輪君が疑われるのがオチかもね~」
こいつの話には一理あった。
俺はあの時、間違いなくあの現場の近くにいた。そして、それを他の誰にも言っていない。そんな俺が突然、犯人のことについて話し始めても俺が怪しまれるだけだ。あの場から逃げ出した俺が、この件について問い詰める権利はどこにもないのだ。
「それで八輪君。これで話は終わりでいいのかな?」
「いや、まだある」
と、俺は座りながら満足気な表情を浮かべる藤田恭子の傍へと一歩近づいた。こいつは小学生ながら全ての悪事を完璧にこなすことができる頭の持ち主だ。おそらくこの悪知恵だけは精神が大学生の俺でも遠く及ばない領域なんだろう。
それに俺よりも先にこの空き教室に来ていたってことはこの空き教室に盗聴の類がないか、しっかりと探しておいたのだろう。だからこそ、あんなにも自分がやったことを言ったのだろう。
だが、その完璧がハッタリによって崩れ去ったら?
俺は教室の壁へと指さしながら、こう言った。
「この隣の教室には俺の協力者がいて、この教室の壁の穴から録音していた。つまり、お前の声で自分のやったことを話している内容がデータとして残ったってわけだ」
と、俺が言うと、藤田恭子の満足げな表情は一瞬にして消え去った。そして、藤田恭子はパンパンと両手を叩いた。
その直後、タンタンタンという廊下を誰かが走る足音が聞こえてきた。おそらく平野理沙か石原緑のどちらかだろう。そして、隣の教室のドアを無造作に開ける音が次に聞こえてきた。
「あー残念だけどさ。俺の協力者にはもう逃げてもらっているから無駄だよ」
もちろんハッタリだ。俺に協力者なんていない。だけど、隣の教室の窓は事前に開けておいた。まるで誰かがそこから逃げたように。ここは一階、逃げだすには容易い場所だ。つまりハッタリと簡単に見抜くことはできないだろう。
そして、藤田恭子の表情は少し曇っていた。それが彼女の完璧を俺のハッタリが壊した唯一の証明であった。
「お前らに警告をしとく。今後一切、成瀬には近づくな。もし、それが守れないようなら俺の協力者が録音をしたデータを色々な所へばら撒く」
「……………仕方ない、わかったよ。甘んじて受け入れるよ。けど、ただ一つだけ。私たちからは近寄らない。それでいいんだよね?」
「ああ」
「了解。じゃあね、随分頭が切れる八輪君」
と、藤田恭子はそう言うと、椅子から立ち上がり、空き教室から出て行った。
最後の言葉には少し引っかかったが、これは間違いなく俺の勝利と言ってよいだろう。俺はその場でガッツポーズをしたいくらいの勢いであったが、まだ藤田恭子達が傍にいるかもしれないため、心の中でガッツポーズをした。
そして、この日から二週間が経った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます