第12話 友達だから
俺は向井と共に階段を降り、そして、学校の外へと出た。
それまでの間、いつもは騒がしい向井にしては珍しくずっと黙ったままだった。俺はそんな向井の様子にどこかじれったくなって、何度か話を振ろうとしたが、向井は沈黙を続けるような気迫に気圧され、声を出すことができなかった。こんな様子の向井は見たことがない。
そのような雰囲気のまま俺たちは歩き続けた。おそらく何度も向井の家の方向へと行く道はあったが、それを向井は無視し、俺の通学路の方へと付いてきている。そして、俺の家まで半分まで差し掛かった時、ようやく向井が口を開いた。
「めぐるになんて聞こうかってここまでの間、ずっと考えていたけど、やっぱり難しいことを考えるのは俺には向いてないみたいだから、単刀直入に聴く。成瀬、もしくはめぐるにも何かあったのか?」
向井は真剣な眼差しで俺の目を確実に見て、そう問いかけてきた。
タイムリープする前も後もこれほど真剣な顔をした向井を見たことがなかった。俺の中の向井のイメージはいつもお茶らけていて、何も考えていなくて、声がデカくて。
だが、今の向井は俺のあげた向井のイメージを吹き飛ばした。
「はぁ?何言ってんだよ。何もねぇよ」
俺はそんな向井に対し、こういった答えを返すことしかできなかった。俺は向井が話し始める直前まで何に対しても冷静に受け応える準備はしておいたはずだ。なのに、俺の予想を上回るような出来事に頭が対処しきれなかったのかもしれない。
そして、向井はそんな俺の曖昧な返事に少し機嫌を悪くしたのか、目を鋭くして。
「本当にそうか?ここ最近の成瀬とめぐる変だったぞ」
「どこか?」
「例えばこの前、成瀬が一日学校を休んだ次の日、俺の冗談への返事も遅かった」
「前のこと過ぎて覚えてないけど、別にいつも通りだっただろ」
「めぐるだけじゃない。成瀬も。前までだったら成瀬がめぐるに飛び蹴りでも食らわしていたと思う」
「たまたま足でも痛かったんだろ」
俺は何故か、向井に尋問をされているようで嫌になり、歩くスピードを上げた。だが、俺よりも運動神経も体力もある向井はらくらくと俺に追いつき、まだ話を続けてくる。
「それに帰りの会の後すぐに成瀬がいなくなるのはなんでだ?」
「早く帰りたいだけだろ。それにこんなことを俺に聞いても仕方がないだろ」
「それはそうだけど、少し前、成瀬もめぐるも帰りの会出席しなかったときがあっただろ。それで…」
向井がそこまで言うと、俺は歩みを止めた。そこはいつも通学路で通り抜ける公園で、今はもう日が暮れてきているからか、他に人はあまりいなかった。そして、右横で向井が俺の顔を覗き込んでいる。
なんでだ。なんで、こいつはこんなにも成瀬と俺のことについて聞いてくる。
別にこいつに関係ないし、面白半分でこの件に足を突っ込もうとしているのか?
それにもし、足を突っ込めば、ただの事故かもしれないけど、剛力先生のように大怪我を負うかもしれないんだぞ。
それをわかって言っているのか?
そういったことが頭の中を巡り、いつまで迫ってくる向井に俺は心の中のもやもやが溢れ、暴走し、いつの間にか向井の顔を右の拳で殴ってしまっていた。
「っつぅうう」
俺の右の手の骨がじんじんと痛みを感じ、向井は左頬を両手で押さえながら後ずさりをした。そして、向井は顔を上げた。
「手を出したな。なら、俺も。一発は一発だからな」
と、向井は俺にそう言うと、勢いよく駆け寄って来て、俺と同じく右の拳で俺の左頬を殴ってきた。俺はそれに合わせて両手で防ごうとしたが、間に合わず難なく直撃してしまった。
そして、俺の視界が揺れる。直撃した左頬よりも頭や首に痛みというより、不快感を生じさせた。
「っってぇーな!!」
俺は向井の方をキッと睨みつけた。この時の俺はどうかしていたと思う。体は11歳でも精神年齢が19歳の俺が、普通の11歳の子どもに対して、俺は真剣にこいつを許さないと感じていたと思う。先に手を出したのは俺だというのに。
俺は向井の方へと駆け出すと、そのままの勢いで向井の体へタックルをした。その間に向井から何度か殴られたが、そんなのをお構いなしに。
俺の両手は向井の腰あたりの服を掴み、そのまま公園の地面へと倒そうと、前へと押し込もうとする。だが、向井は片足を後ろに下げ、倒れないようにと踏ん張りながら、俺の無防備な背中をどんどんと殴ってきている。
そして、俺は溢れてきたもやもやを行動だけでは抑えきれずに、口を開いた。
「ふ、ざけんなよ。俺の事情も成瀬の事情も何も知らないくせに、どかどかと踏み込んできやがって!!」
「ああ!?知らねーよ!!知らねーから話を聞く、心配だから話を聞く、それのどこが悪いんだよ!!」
「そういうことじゃねーよ!!人には人の言いたくないことってのがあんだよ、なんでそんなこともわかんねーんだよ!!」
俺がここまで言い切ると、向井は俺の腹に前に残った片足で蹴りを入れ、俺の両手が緩んだ機会を逃さずに距離をとってきた。
「わかんねーよ。けど、友達のことを理解したい。そう思うことはいけないことなのかよ」
「は、はぁ?」
向井が言ったことの意味が、俺には理解できなかった。こんなにも殴り合った人間がそれでもなお俺を友達と呼び、俺の眼前で理解したいと言っている。だが、それを理解できなかったのは、頭に血が昇っていたからかもしれない。
家族でも、友達でも、恋人でも、その相手のことを理解したいと思うことは普通だ。むしろ相手のことを理解したいと思わないのであれば、それはもはや赤の他人と言っても過言ではない。
「っくそ。意味わかんねー。なんでそんなくさいセリフを吐けるんだよ」
俺は少し向井から視線を逸らした。気まずさが俺の中を埋め尽くしたからだ。
だが、そんな俺を無視して向井は俺から視線を外さない。ただ真っ直ぐ俺を見ている。そして、向井が少しの間、閉ざしていた口を開いた。
「めぐると成瀬は俺の大切な友達で、そんな友達が困っているなら助けたい。そう思っているからだ」
向井は何の迷いもなくそう言い切った。そんな真っ直ぐ友達と向き合う向井に俺は根負けしてしまった。この件は俺一人で解決しなければならなかった。不用意に巻き込んだことで剛力先生が大怪我を負うという結果を生んでしまったからだ。
けど、それは違うのかもしれない。間接的ではあるけど、向井にそう気づかされた。
「はっ……。本当にくさい奴だな、お前。ナルシストかよ」
「そんなにくさい、くさい言うなよ!まるで俺自身が臭いみたいじゃねーか!それにナルシストでもねーよ!!」
向井は俺の言葉にそうツッコミを入れ、二人で地面へしゃがみこんだ。もう辺りは十分暗く、公園の照明が煌々と付き始めていた。
そして、俺はその光景に視線を向けながら、淡々と向井に話し始めた。これまで一人で抱え込もうとしていたタイムリープをしたこと以外の全てのことを。
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