第11話 何も変わりのない平凡な日常

「おーっす。今日も元気か~、めぐる!!」


過去に戻ってきてから3日目、俺は学校に登校した直後、俺はいつものように元気な向井に声をかけられ、ランドセルを背負った背中を叩かれた。

俺の体が前後に揺れ、それがちょうど止まった時に俺は向井に「おう」と答えた。


俺のことながら、1日目とも2日目とも違う、不愛想な返事であったが、向井はそれにツッコミを入れることなく、そのまま話を続けてくる。


「そういえば噂で聞いたんだけどよ、先生が階段から落ちて怪我をしたって話、本当だと思うか?」


「そうなのか。その噂すら知らなかったぜ」


俺は向井の話に、目線を合わさずにそう答えた。ここで向井と目を合わせてしまったら、俺がそれを知っていることをバレてしまうと思ったからだ。だけど、それが逆効果でもあることを俺は知っている。

なのに、向井の方を、目をみることはできなかった。


「知らなかったのかよ。噂だけならほとんどの奴が知っているぜ。本当かはまだわかんねぇけど」


「そうか。俺、噂とか信じないからか、あまり聞かないな」


「でも、今回の噂、割と本当らしいぜ。だって、今日西側の階段、一部分だけ使用禁止だっただろう。そこに剛力の血がたっぷりと着いているらしいぜ~!!」


と、声のボリュームを少しずつ大きくしながら、向井は俺の目の前に手の甲を差し出し、まるでお化けのポーズで、俺を脅かすようにそうやってきた。そんな向井の奇行に内心では驚きがあったが、驚きを体に体現できるほどの体力が俺にはなかった。

そんな俺の薄いリアクションに、寂しくなった向井は少しだけ頭を項垂れた。


そして、そんなことをしているうちに1階のげた箱から3階の5年3組の教室へと到着していた。

俺と向井、それぞれが席へと荷物を置くと、向井は俺がいる左の方を向いてきた。正確には俺の後ろの、向井にとっては斜め左後ろの席に座る成瀬に声をかけるためだ。


「おっす、成瀬。元気になって良かったぜ」


突然、声をかけられた成瀬は少し驚いた表情を浮かべたが、それは一瞬にして戻り、いつもの強気の表情を浮かべながら。


「あ、当たり前じゃん!!風邪なんか、一瞬で治しちゃったから」


「はは。そいつは良かった。廻も昨日、1日中心配してて、『成瀬に風邪薬持って行った方がいいかな』とか親かみたいなこと言っていたぜ」


「……えー、あいかわらずきもいな八輪は!!」


「……って、俺、そんなこと言ってねぇよ!!変なこと言うんじゃねーよ、向井!!」


「ははは、悪い悪い。冗談だって」


向井は俺を嗜めるようにそう言うと満足したのか、教室の外へと出て行った。

そんな向井の背中を見送った後に、俺は成瀬の方へと向いた。


成瀬は1日で立ち直り、学校に来ることができていた。それにいつもと変わらない様子で。ただ朝の会で剛力先生が階段で転んで怪我をして、入院していることを聞き、それにはものすごく驚いた様子を浮かべていたが、それ以外は別にいつもの様子だ。


俺の登校班で共に学校へ行き、その登校している中での俺の悪態に蹴りを入れ、教室で国語、算数、社会、英語、理科などの授業を受け、4時間目の後には給食を食べ、帰りの会が終わってからはすぐさま姿をくらます。それが今の成瀬の日常だ。


剛力先生も意識不明の重体ではあるが、剛力先生の代わりに俺のクラスの担任をすることになった先生から命に別状はないとのことだ。ここまで具体的に俺たち小学生に向けて言ってきたわけではない。何故なら、剛力先生が階段から転げ落ちた時は放課後で、ほとんどの児童は下校していたことから、目撃した児童は大声で叫んだあの女の子くらいだ。


そのため、学校側は剛力先生が怪我をして休んでいるとしか児童には伝えてはいない。だが、噂というのは簡単に広まるもので、剛力先生は誰かに突き落とされたという話が定着していた。何故なら、剛力先生は体育会系の見た目を裏切らないように、運動神経は抜群でうっかりとはいえ、階段から転げ落ちるなんてことあるとは思えないからだ。


だが、そんな噂、もう俺には関係ない。剛力先生が入院していないことなんて別に何もおかしくもない。帰りの会の後に成瀬が姿をくらますのも、皆も同じように帰っているはずだから普通だ。何も変ではない。間違っていない。


そういった日々が7日間続き、俺が過去に来てから、9日目のことだった。帰りの会が終わり、いつものようにランドセルに荷物をまとめて、帰ろうとしていると、このタイミングでは珍しく向井に声をかけられた。もう後ろには成瀬はいない。


「どうした?向井」


俺は荷物をランドセルに詰める手を止めて、右横の向井の方へを見た。いつも向井とは家の方向は違うため、一緒に下校することはあまりない。なので、このタイミングで声をかけられるのは本当に珍しかったのだ。


そして、俺の問いかけに、答えるべく向井が口を開いた。


「大事な話がある。今日、一緒に帰らないか?」

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