第9話 元凶との遭遇

「ああ。だが、話せば長くなる。八輪、今日の放課後、図工室に来てくれ。そのことについて相談がある。共に成瀬を助けよう」


と、剛力先生に言われて、促されるままに職員室を後にした。

俺は職員室から5年3組の教室へと戻るまでの間、どこか浮かれていた。1人だけで解決しようと思っていたら、思わぬ形で協力者が現れたのだ。その上、それがこちら側ではなく、教師側に。これほど強い手札はない。


だが、1つ大きな疑問点が浮かび上がった。それは何故、剛力先生はその事実を知っていながら、早急に手を打たなかったのか。


「‥‥」


少しの間、考えたが答えは自分の中であっという間に出てきた。それは藤田恭子の取り巻きの1人、平野理沙だ。彼女の両親は大手企業の重役で、その上で教育委員会の教育長と親密の中という。そのため、剛力先生はうかつには動けなかったのだろう。


俺がそんなことを考えながら廊下を歩いていると、目の前に現れた3人組に思わず握りこぶしを作ってしまった。


あいつらだ。藤田恭子と平野理沙、石原緑だ。

昨日、成瀬をトイレでいじめて、何の悪びれる顔もなく帰りの会に参加し、今もこうやって学校へ登校している。成瀬は学校へ行けていないというのに。


「あ、八輪くん。おはよ」


と、藤田恭子は俺に気が付いて、右手を挙げて挨拶してきた。そんな態度の藤田に俺はどうしようもない吐き気に襲われた。

確か、俺はこいつと鉢合わせるといつもこんな風に挨拶され、俺もそれに反応していた。だが、こいつが成瀬をいじめるような奴だと知った今では、嫌悪感しかない。

こいつはいつもこんな風に何の悪びれもなく、俺や他の皆にこうやって挨拶しているのか。


俺は全身に巡った吐き気や嫌悪感をなんとか飲み込み、なんとか笑みを浮かべながら。


「ああ、おはよう」


と答えた。そして、俺が答えたあと、平野理沙も石原緑も俺に挨拶をし、俺はそのままの勢いで答えた。

全身を巡る吐き気と嫌悪感以外はいつもありがちな光景のはずだ。別におかしなことはしていない。後は、こいつらが俺の前を去ってくれること。それだけを願った。

平野と石原は「いこっ」と、藤田に促すが、じっと上目遣いで俺を見てきた藤田は俺に向けてこう言い放った。


「八輪くん、何か顔色悪いよ。大丈夫?」


ドクンッ。

と、俺の心臓が大きく鼓動したのを感じた。もちろん藤田恭子に恋をしたわけではなく、昨日、俺があの現場を見たことを知ったうえで問い詰めてきているのだと思ったからだ。

俺が何か悪いことをしたわけではないのに、何故か背中にはびっしょりと冷や汗が止まらない。手にも汗が止まらない。


だが、ここで何か答えないのも、何か嫌な予感がしたから俺はそれとなく答えることにした。


「ちょっと昨日、最近ハマった漫画を見ていたら、寝るのが遅くなっちゃったからかな。寝不足なのかもな」


と、苦し紛れに答えた。

だが、この答えは全てが偽りというわけではない。俺は5年生のこの時期、ある漫画にハマっていた。本当に昨日見たわけではないが、1巻読むごとに向井などといったクラスメイトと共に、その漫画に語り合っていた。だから、そこまでおかしな回答ではない。


そう言った俺の顔をじっと見てきた藤田も、それに納得をしたのか少し態勢を上げ、にこっと笑った。


「……しっかり寝たほうがいいよ。睡眠は大切だからね」


「なら、頑張って速読できるようにするぜ。そうすれば寝る時間も確保できるだろうからな」


「はは、何それ」


藤田恭子は口を尖らせて、吹き出すように笑うとそう言い、俺の傍から去っていった。

それと同時に俺に異常なほどの倦怠感が襲った。吐き気と嫌悪感が俺の中を数秒ではあるものの、ものすごい濃度で巡った結果だろう。俺はあいつらのことを心から軽蔑し、少し恐れているのかもしれない。

もし、俺が藤田恭子達に怪しまれ、先生と協力して成瀬へのいじめを失くさせようとしていることがバレたなら、何をされるかわからない。特に成瀬に対して。それほど藤田恭子は何をするかわからないような女だったはずだ。


何故、成瀬へのいじめを失くそうとするために動く俺たちがこそこそと動かないといけないのか。


俺はふとそう思ってしまったが、剛力先生との協力体制を組み立てるのが先決と考え、俺はそのまま教室に戻っていった。

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