第8話 協力者
俺は母さんのカレーを勢いよく食い終わると、妹と共に家を出た。俺の家の前には俺の登校班の小学生がいたが、そこに成瀬の姿はなかった。
心配だが、当然と言えば当然か、などと思っていると、俺に気が付いた成瀬の母親が手に1枚の紙を持って、俺の傍までやってきた。
「あ、廻くん。今日、あかりが体調悪いみたいで、学校お休みすることになったんだ。本当に悪いんだけど、あかりの欠席の紙を担任の先生に渡してくれないかな」
と、俺にそう言いながら、欠席用紙と上の方に書かれた紙を渡してきた。俺の小学校では学校を休むときは学校に連絡することと、この欠席用紙を登校班の子にお願いして、クラス担任の先生に渡すことの2つの作業をしなければならないという決まりがある。
「わかりました。ちゃんと渡しておきますね」
俺は成瀬の母親に頷きながらそう言うと、どこか安心したような顔を浮かべた成瀬の母親は自分の家へと帰っていった。
未来で8年も関わりがなく、あまり印象に残っていない成瀬の母親であったが、俺の昔のイメージではもっと明るい性格をしていたような気がする。何というか耳障りな高い声でわいわい騒ぐ、本能のままに楽しむような。
だが、今出会った成瀬の母親はどこか疲れているような様子で、元気がなかった。
もし本当に成瀬の体調が悪いのならば、移さないようにと気遣った配慮なのだろうか。なら、成瀬自身は母親にいじめの件を肉親の母親にすら言っていないのだろうか。俺がそんなことを考えていると、俺の後ろに立っていた妹に背中を押された。
「何、突っ立ってんのお兄ちゃん。早く行かないと、この班のみんな学校遅れちゃうよ」
と言われ、俺は慌てて並んでいる登校班のみんなの前へ行き、先頭で歩き始めた。
もう何年も同じ通学路を歩いていたから、例え8年ぶりで2日目だとしても歩く道は考えなくともわかっている。なので、登校中、俺の登校班の低学年の子にちょっかいを出されつつも、成瀬の件について、俺なりにまとめることができた。
成瀬は俺と同じクラスの5年3組の藤田恭子、平野理沙、石原緑から悪質ないじめを受けている。そして、成瀬自身はそのいじめについて誰にも相談せず、いじめをする側の藤田達も誰かに見られないようにこそこそとやっているため、このいじめについて別のクラスメイトを始め、担任の先生、成瀬の母親ですらそのことについて知られていないのだろう。
そして、成瀬は俺を巻き込みたないと思っているだろう。だけど、俺はあんな成瀬の辛そうな顔を見て、何もしないなんてことはできない。
そのため、俺は成瀬になるべく悟られないようにこの件を解決する必要がある。なら、まず俺は情報収集をすることにした。といっても、直接この件について聞くわけではない。もしそうしてしまえば成瀬や藤田たちの耳にこの情報が届き、事態を悪化させてしまう恐れがある。なので、それとなくだ。
俺は学校へ着くと早速、昨日俺に話しかけてきた向井大輝を見かけたから声をかけてみることにした。
「おっす、向井」
「お?おおー!!めぐる、おっす!!おっす!!!」
と、向井は昨日と同じくあたりに響き渡るような元気な声で、そう答えた。俺はそんな向井に少し驚きながらも、世間話に見せかけた成瀬の件について、それとなく聞いてみようとしたその前に向井が俺に尋ねてきた。
「そういや、めぐる。昨日、クラスの帰りの会、いなかっただろ!!成瀬もだけど、先生がすげぇ怒ってたぞ。何してたんだよ」
「い、いやちょっとな。早く家に帰ってゲームしたかったからすっぽかしちゃったぜ」
と俺は誤魔化した。だが、その向井のさり気ない問いかけに、得られたものはあった。藤田達は俺の声で逃げ出した後、何食わぬ顔で帰りの会に参加をしていたということだ。そして、おそらく俺が声をかけなければ成瀬も何もなかったかのように教室に戻ってきていたのだろう。それを考えただけで、元の歴史の俺は何をしていたんだ、と思うしかなかった。
だが、俺のそんな思考などお構いなしに向井は話を続けてくる。
「なんだよ、それ。俺ら関係ないのにしばらく怒られたんだぞ」
「うわ、本当に悪い!!担任がそんな奴だったこと忘れてた」
「忘れてた?まぁ、いいや。もし、朝の会までにめぐるを見かけたら、俺のところまで来るように、って担任から言われていたから、ランドセル置いたら職員室行ったほうがいいぞ。そして、昨日の俺らの100倍怒られて来い!!」
と向井が俺に指をさしながらそう言ってきた。
元々、担任には用が2つもあったのだ。1つは成瀬の欠席用紙を渡すこと、そして、もう1つは成瀬のいじめの件についてそれとなく聞くこと。
俺は向井に「ああ」と応えると、背負っていたランドセルを俺の机の上に置き、3階にある5年3組の教室から1階にある職員室まで駆けて行った。
そして、俺はある程度、少し切れた息を整えながら、こんこんと職員室のドアをノックし、職員室の中へと歩みを進めた。
「失礼します」
と言う俺の声と共に。
職員室の中に入ると、俺の姿に気が付いたのか、俺に鋭い目線を向けてくる先生がいた。
間違えない。5年3組担任、剛力正史だ。筋肉隆々でジャージ姿の見るからに体育教師のような見た目をした男だ。そして、性格も教え方も決して良いとは言えず、誰もが彼に怒られないように努力していた。
そんな男に俺は今から怒られ、成瀬のことについて聞き出す必要がある。が、例え精神年齢が19歳とはいえ、彼の放つ威圧感に俺は傍まで行くのもやっとだ。
だが、このまま引き伸ばしになるのが一番良くないことを俺は今までの人生経験の中で学んでいる。覚悟を決めて、剛力先生の傍へと近づき、剛力先生の傍まで行くと、俺は剛力先生に何か言われる前に頭を下げた。
「先生、すみません。昨日、帰りの会をサボってしまって」
「ああ」
俺の精一杯の謝罪に、剛力先生はそう答えた。特に怒鳴り散らすわけでもなく。
俺はそんな剛力先生の怒っているのか、気にしていないのかわからない反応に、疑問を浮かべてしまった。だが、そんなことを思っていると、剛力先生が話を続けてくる。
「お前の謝りたい気持ちはわかった。それで、その昨日の帰り会の時間、何をやっていたんだ?」
「えっと、それは…」
突然の剛力先生の問いかけに俺は答えあぐねてしまった。何故なら、俺の剛力先生の怒るとき、とりあえず怒鳴り散らすというイメージがあったからだ。
そして、ここで剛力先生に言うのは悪手ではないかと考えていた。下手に剛力先生に動かれてしまっては、誰かに情報が漏れる可能性がある。それは避けたかった。
と、俺が言葉に詰まらせていると、剛力先生が口を開いた。
「成瀬のことだな?」
「え」
俺は剛力先生の想定外の言葉に思わず声を漏らしてしまった。
成瀬のこと?と言ったのか、今。
「知っていたんですか?」
「ああ。だが、話せば長くなる。八輪、今日の放課後、図工室に来てくれ。そのことについて相談がある。共に成瀬を助けよう」
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