第6話 未来を見据える決意
俺は家に帰ると、リビングには行かずに俺の部屋に入り、敷布団へ体を放り投げた。
何もやる気が起きない。食欲も湧かない。これ以上動きたくない。もう何も考えたくない。
早く、早く、早く、時が進んでくれ。
俺は心からそう願う。
そんな俺の耳にスリッパが地面を擦る音が聞こえた。
「どうしたの、めぐる?」
母さんだ。俺が学校から帰って来て早々、俺の部屋に行き、敷布団へと体を放り投げた時に起きた音に心配して来てくれたのだろう。
だけど、今、俺は母さんとも話したいという気分ではない。
でも、もっと大切なのはこれ以上母さんを心配させるわけにはいかない。俺は体を起き上がらせ、母さんの方を向いて。
「いや、ちょっと友達と遊びすぎちゃって、疲れちゃったんだ」
「………………あら、そう。でも、遊んできたんだったら布団が汚れちゃうから、せめて床で寝転がってね」
母さんは俺の顔をじっと見ながらそう答えた。
おそらく母さんは何となく察している。何かがあったことくらい。
昔からそうだ。だけど、あえて何も言わない。
俺のために。
そして、母さんは俺の部屋のドアに手をかけながら。
「じゃあ、お母さん買い物行ってくるから留守番よろしくね。あ、あとそろそろ綾香ちゃんは友達の家に遊びに行っているから帰ってきたら家の鍵、開けてあげてね」
「うん」
俺は笑顔でそう答えると、母さんはそのまま俺の部屋を出て行った。
そして、母さんが部屋を出て行ってからしばらく俺の部屋の白い天井を眺めながらずっと自分に言い聞かせていた。
俺のしたことは間違っていない、と。
俺の中での優先順位の一位は彼女とまた出会い、殺人犯から護ることだ。それには歴史を変えずに、そのままでいることが重要だ。
それなのに、それなのに、俺は成瀬をどうしても助けたいと思ってしまう。
それは俺が今まで成瀬へのいじめを気づけなかった罪悪感からなのかは未だにわからない。
だけど、もしここで助けなければ、将来会う彼女にどう顔を合わせればよいのだろう。
いじめを見て見ぬふりをする。そんな俺を彼女は良く思ってくれるのだろうか。
そんな時、家のインターフォンのチャイムが家中に響き渡った。
おそらく妹の綾香だろう。
俺は体を起き上がらせ、一階にあるインターフォンの元まで行き、インターフォンの画面を見た。
そこにはもちろん、妹の綾香の姿があった。
俺は妹の姿を確認した後、玄関まで千鳥足で行き、あまり力が入らない手で鍵を開けると同時に、妹が強引にドアノブを引いて入ってきた。
「開けるの遅いよ!!」
と、やや不機嫌な表情を浮かべながら。
俺はそんな妹に、かすれた声で「ああ、悪い」とだけ言うと、俺は再び二階にある自室へと戻るために階段を上っていった。
それから俺は俺の部屋からぼうっと外を眺めていた。
外では隣人の家での生活音や声がかすかに聞こえてきたり、家の前の道路で今の俺と同い年くらいの子どもが自転車を走らせながら家に帰っていたり、と夕方なのにわいわいと騒ぐ音や声が聞こえてくる。
そして、開けている窓からは夕方に良く吹くからっとした風が部屋中をかき回す。
俺が元いた時代の半年前。
俺は付き合って間もない彼女を始めて家に呼んだ。
確かその時もこんな感じの風が、俺の一人暮らしの部屋に吹いていた気がする。
『なんで俺のことを好きになってくれたんだ?』
その時に俺が彼女に問いかけた言葉を俺は思い出した。
特に俺は顔に自信があるわけでもない。
学力だって大学にギリギリで合格できたくらいしかない。
人間関係もうまくいっているわけではない。
そんな俺が、こんな可愛い彼女と幸せになっていいのだろうか。
そんなことを思ってしまっていた俺の口から不意に出た言葉だった。
だけど、そんな俺に彼女は静かに微笑んだ。
『私が八輪君を好きになった理由はね、自分の大切にしたいと思う人を大切にしてくれているところだよ。それはきっと今も昔も変わらない、八輪君の素敵なところ』
そうだ。
思い出した。
彼女はそんな俺を好きになってくれたんだ。
大切にしたいと思う人を大切にする。それは今も昔も変わらない。
そして、今、俺は成瀬がいじめに遭っていることに気が付いた。それも学校生活に支障が出るほどの。
俺にとって成瀬は大切な存在じゃないのか?成瀬が引っ越すと知った時、俺は静かに泣いていたんじゃないのか?
歴史を変えてしまうリスクよりも、彼女と再会できない可能性が上がることよりも大切なことがあるはずだ。
俺は思いっきり自分の顔面をぶん殴った。
「ぃ、ってぇええええ」
子どもの力とはいえ、俺の体って子どもだ。相応な痛みがある。だけど、確実に目は覚めた。
そして、俺は決めた。成瀬へのいじめをどうにかして終わらせてみせると。
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