第2話 温もり

俺は決意した。

俺と俺の彼女が共に過ごす未来を守ってみせると。

だが、まず問題となってくるのは、これからどうやって過ごしていくかだ。

もし、これがフィクションの中にあるタイムリープと同じなら、俺の言動一つで、俺と彼女が殺されるという未来を防ぐこと以前に、俺と彼女が出会わないという未来に進んでしまうかもしれない。

それだけは何とかして避けたい。


つまり俺のこれからの行動は元の世界と同じように過ごしながら、あの犯人の正体を見つけ出さないといけない。それは簡単なことではないのはわかっている。それにもし、俺がお化け屋敷であの殴殺女に襲われるという全く同じ状況に陥っても、あの暗闇では知っていても防ぐのは難しいどころか、不可能だろう。だからこそ、俺は同じように過ごすふりをして、犯人を探し出す必要がある。

だからこそ、まずは朝ご飯を食べなければ!!


俺の部屋を飛び出すと、目の前には下りの階段があった。

懐かしい、と思うほどではない。

俺は元の世界では大学生になると同時にアパートで一人暮らしを始めたが、実家を離れてから一年半ほどしか経っていないからだ。

だが、俺は家の中に階段があるということにどこか新鮮さを感じながら、階段を下っていった。


そして、一階に降りるとリビングの方から良い匂いが漂ってくる。

それに俺はまるで熊のように釣られ、廊下を歩いていく。

精神面は19歳だが、身体は11歳の子ども。

お腹は空いてしまうものなのだ。


俺は廊下の先で突き当たったドアを開けると、そこには小さな頃に何度も見た実家の朝の景色が広がっていた。

元気よく皿を運ぶ妹、少し慌てながら白いワイシャツを着る父、キッチンから少し顔を出しながら料理をする母。

そのどれもが幼い頃の俺の朝の日常だ。


俺はそんな日常風景に呆けていると、皿を運んでいた妹が俺に気が付いたのか、少し怒った表情をして。


「さっきはあんなにうるさかったのに、下に来るの遅いよ!!」


と、言ってきた。

そして、そんな妹の言葉に反応した母さんが俺に向いた。


「朝ご飯さっさと運んで、食べちゃいなさいー!!小学校に遅刻するわよ!!」


と、持っていたプラスチックのおたまを振り回しながら言ってきた。

昔から思っていたけど母さんは少し破天荒だ。

特にこの忙しい朝の時は声が大きく、暴れまわるように朝ご飯を作っている。

こんなこと言うのもあれだが、古き良き昭和の母さんって感じだ。

今のこの時代では平成だが。

まぁ、そんな母さんのおかげで、寝起きで寝ぼけていてもシャキッと目を覚ますことができていた気がする。


俺はキッチンの方へと向かうと、サラダ、味噌汁、ソーセージと目玉焼き、そして白飯が1人分置いてあった。

おそらく父さんと母さんはもっと早くに起きて、朝食は済ましてあったのだろう。

妹は今、ダイニングに置かれたテーブルの前に腰を掛け、手を合わせているので今から食べるのだろう。


だが、そんなことはどうでもいい。

キッチンに置かれたこの彩りある朝食に目を奪われてしまったからだ。


元の世界線では1人暮らしを始めて1年半。

この1年半の間、俺はまともな朝食なんて取ったことがない。いや、正確には食べていなかった。

朝というのは眠たい、体が重い、時間がない。その上、朝食なんかを取らなくても生活はできるし、昼食にまとめて食べちまえばいい話だ。


だから朝食なんて作るなんてことはしてこなかった。だけど、この人は、母さんはそれを俺が高校を卒業するまでやり遂げたのだ。

俺の目頭が熱くなった感じがした。頭ではあまり認めたくはないのだろうが、心では母さんに対して俺は返しても返しきれないほどの感謝の気持ちを感じていたのだろう。そんな気持ちが何故か一気に溢れ出したのだ。


(もう何なんだよ。この少しの時間で感情が揺れ動きすぎなんだよ。クソっ)


俺はグッと目を閉じて、涙が出るのを堪え、もう一度目を開き、ソーセージと目玉焼きが乗った皿からダイニングにあるテーブルへと運び始めた。

キッチンずっといた母さんはそんな俺のおかしな言動に何一つ苦言を呈したりはしなかった。


そして、俺がテーブルまで運んでいる間に忙しなく、仕事に行く準備をしていた父さんがようやく仕事用のカバンを手に取って、リビングのドアに手をかけ、後ろにいる母さんや妹、そして俺の方を向きながら。


「それじゃ、行ってきます!!」


「「いってらっしゃーい!!」」


母さんと妹は一度行っていた作業や食事を止めて、手を振りながら言った。

俺は言うタイミングを逃してしまった。

確かに幼い頃の俺の日常であった一コマだ。


俺は精神年齢19歳ながら、両手に料理を持ちながらあたふたしていると、父さんが今度は俺の方だけ向いて。


「行ってくるな、廻」


と優しく笑みを浮かべながらそう言ってきた。俺はそれを見て、どこか安心することができた。そして、両手に持っていた皿を置き。


「いって、らっしゃい」


俺はそんな父さんを見ながらそう言った。


「おう。言ってくれてありがとな、廻。あと、みんなも」


と、父さんはひひ、と笑いながらそう言うと、駆け足でリビングを出て行った。

父さんは優しかった。

昔から俺がいた未来までずっと。

俺が大学生になって1人暮らしを始めると言った時も、母さんからは何回か反対されたが、父さんは心配な表情を浮かべつつも反対しなかった。

ずっと、ずっと優しかった。


俺はそんなことを思いながら、キッチンとダイニングを往復しながら料理を運び、自分の席に着くと、俺は目から涙が流れていたと思う。

その涙は、さっき俺は俺の彼女を殺した犯人を見つけることができた時、犯人を殺してしまおうと少しでも思ってしまった自分自身への怒りだった。

例え最愛の彼女を殺した犯人を、俺がこの手で殺めても喜ぶ人間などいない。

いるのは悲しむ人間だけで、その中に父さん、母さん、一応妹、そして俺の彼女だ。


最悪の手段として殺すという選択肢は撤廃だ。

絶対に殺したりはしない。

でも、俺は絶対に俺の彼女を死なせない。


そして、俺は涙で視界がぼやけながらも朝食を口に運んだ。

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