最愛の彼女と共に殺された俺は過去を変えたいのか

@chachakotaro

第1話 現代から過去へ

「あ、八輪くん。こっちこっちー!!」


俺はその明るい声に惹かれて、俺は目線を声がした方に向ける。

そこには紺色のバケットハットに白色のシャツの上に着ているオーバーオールを身に着け、笑顔が眩しい俺の彼女がいる。

優しくて、一緒にいると楽しい、彼女が俺の傍にいてくれて本当に嬉しい。


俺はそんなことを思いながら、彼女の元へと歩みを進めていく。

俺と彼女は今、大学の夏休み期間を使って、二泊三日の旅行をしており、その道中にたまたま見つけた遊園地へと来ていたのだ。

そして、現在俺はジェットコースターに彼女と共に乗っている。


「あはははははは!!最ッ高―!!」


と、隣で彼女は楽しそうに叫んでいるが、俺は違う。


「うっおおおおおおおおおお!!!」


一見、楽しそうに聞こえなくないような声だが、俺は目の前にある安全バーにしがみつくのでやっとだ。

俺はこういう乗り物は大の苦手だ。

本当ならお化け屋敷とかが良いんだけど。


「次はお化け屋敷に行く?八輪くん、そういうの得意だったよね」


「へっ?」


いつの間にかジェットコースターは静止しており、俺の心の中で思ったことを提案されたことで戸惑いを隠せずにいた。

だけど、それは俺の顔が真っ青だったからだろうが、顔が真っ青な彼氏にお化け屋敷を行くことを提案する彼女って正直どうかと思う。

でも、不器用ながらもそういう気遣いをしてくれるのは嬉しい。


「うん。じゃあ、次はお化け屋敷に行こうか!!」


俺はそう言うと、俺と彼女はジェットコースターから降り、お化け屋敷へと向かうことにした。


「いやー、暗くなってきちゃったね」


「そうだね。10時の開園同時に来たけど、9つくらいアトラクションに乗ったし、当然といえば当然だけどな」


俺と彼女は今、お化け屋敷に入るための列に並んでいた。

列の最後尾に立つ遊園地の係員の手には「30分待ち」と書かれた札があった。

今の季節が夏なのも相まって、お化け屋敷は人気なアトラクションなのだろう。


「多分、待ち時間的にこれが最後になっちゃうよね」


「そうだろうな。今はもう19時13分で閉園時間が20時だしな」


彼女の言葉に、俺はスマートフォンで時間を確認しながらそう答えると、彼女は頬を赤らめて気恥ずかしそうにした後、俺の目をキッと見た。

そして、唇を動かした。


「あの、さ。今日は本当に楽しかった」


「ああ。俺も楽しかった。久しぶりのデートだったけど、お前とここに来れてよかったと思っている」


俺は心の中にある正直な気持ちを彼女に向けて返した。

紛れもない俺の本心を。


「よ、かった。八輪くんは絶叫系が苦手って知っていたはずなのに、私が少し強引に遊園地って決めちゃった感じだったから」


彼女は涙目になりながらそう言った。

彼女の言った通り、今回の二泊三日のデートの場所が遊園地に決まったのは彼女が猛烈に遊園地を勧めてきたことから決まったことであった。

絶叫系が苦手だと彼女は知っていながら。


だけど、苦手なことだとしても楽しめなかったわけではない。


「確かに俺、絶叫系は苦手だし、友達とかと行くことになったら意地でも逃れようとしたと思う。だけど、お前とだから楽しめた。お前とだから楽しかった」


俺はそう言った直後、自分で言ったことを少し恥じた。

何故なら、俺の今の発言がキザな男が言うようなセリフに感じたからだ。

頬が熱くなってくるのを感じる。

おそらく俺の顔は、目の前の彼女の顔と同じくらい赤くなっているだろう。


今だけは日が沈みあたりが暗くなっていることと、遊園地内の音声が騒がしいくらい鳴っていることを感謝する。

彼女に俺の顔ははっきりとは見えないし、今言った言葉は耳を澄ましていないと彼女以外には聞こえないはずだからだ。


そして、少しだけ互いに沈黙が続いた後、彼女がようやく口を開いた。


「ありがと」


彼女はそう言うと、俺の右横に近づき、腕を組んできた。

夏という暑い季節だというのに、何故か彼女がくっついてきても暑苦しいとは思わなかった。


そのまま少しずつ時間は過ぎていき、列は順調に前へと進んでいく。

入園した当初は元気だった彼女も、今はもう疲れてしおらしくなっている。

それは俺も同じではあるのだが。


だが、俺たちにお化け屋敷の順番が過ぎ目の前までやってきた。


「ようやく私たちの番だね!!」


「わぁお。さっきまでのテンションが嘘のようだ」


彼女のテンションの急変に対して、俺はそう言うと、互いにくすくすと笑った。

ああ。

なんて、楽しいんだ。

さっきまでのしおらしい彼女も、今の元気な彼女も全部好きだ。

彼女の嫌いなところなんて一つも見つからないんだろう。


俺たちはお化け屋敷の赤い服を着た係員からライトを一つだけ受け取ると、お化け屋敷へと足を踏み入れた。


お化け屋敷の中はもちろん真っ暗で、ライトがなければ何も見えはしない。

その上、どこか肌寒さを感じるほどの室温だった。


「ひぃいい。ちょっと怖いね」


彼女はそう言うと、このお化け屋敷に入る直前で組むのを辞めた腕を、再び組んできた。

あたりが寒いのもあるが、彼女が俺を信頼してくっついてきてくれるのは嬉しい。


と、その時、持っていたライトの光が一瞬だけ消えた。


「あ、あれ?今、光消えなかった?」


俺は彼女にそう問いかけるも。


「え?消えた?ちょっと怖いこと言わないでよー」


と彼女に言われてしまった。

確かに今は、何の異常もなくライトはあたりを照らしており、消えていた時間も瞬き一回分もないくらいの短さだったため、俺の見間違いだろうと思った。

だが、それが紛れもない事実であったことが証明された。


今度は一瞬ではなく、完全にライトの光が消えてしまったのだ。


「え!!ほんとに消えた!!ど、どうしよう!!」


「大丈夫、とりあえず俺から離れないで。非常口を探そう!!」


慌てる彼女に俺はそう言うと、彼女は腕を組むだけではなく、ぐいっと体ごと抱き着いてきた。

もちろん彼女の大きな胸も俺の体にくっついており、心臓がバクバク鳴っているのを感じた。

それほどまでに彼女はこの状況を怖がっているのだろう。

俺がなんとかしないと、とそう思い、あたりを見渡すも、緑の光を放つあのピクトグラムのマークは見当たらない。


その時嫌な音がした。

俺の右横から。

カァアアアアン、という鋭い音が。


「………………え」


俺は右横を見るのが怖かった。

なんとなくわかってしまったのだ。


「う、うわぁあああああああああああ!!!」


俺に抱き着いていたはずの彼女は、頭から血を流し、俺に寄りかかるようにしてぎりぎり立っていたのだ。

彼女から聞こえていたはずの鼓動は少し弱くなっていっているのを俺は感じていた。


なんで、誰が、どこから。

様々な思考が頭を過る中、俺は彼女を横にし、覆いかぶさるように四つん這いになりながらまたがった。

例えこれがお化け屋敷の何かが上から落ちてきたという事故でも、誰かが俺たちを意図的に狙った事件でも。


もうこれ以上、彼女を傷つけたくない。

そう思ったからだ。


「………………………なんで」


と、小さくか細い声が聞こえてきた。

聞こえた方向は間違いなく彼女からではない。

何故なら、今の彼女は気を失っている。

そして、そのか細い声でこれが事故ではないことがわかった俺はそのまま叫ぶ。


「おい!!誰だが知らないが、俺の彼女にこんなことしやがって!!これ以上俺の彼女には指一つ触れさせねぇぞ!!」


俺の声が反響する。

か細い声をあげた性別もわからない奴に声を届かせる目的もあったが、この声を他の客に届かせる目的もあった。


「………………………なんでその人の味方をするの?」


俺の声をお構いなしにか細い声の人間は呟いた。

声の大きさはあまり変わっていないが、声の高さだけで判断すると女のようだった。

だが、その声で居場所までを掴むことはできない。

だから安心はまだできないため、俺は彼女に覆いかぶさったままあたりを見渡した。


「クソっ、どこにいやがる」


どこを見渡しても真っ暗な景色しかない。

動けば多少は景色が変わるかもしれないが、下手に動くと彼女が危ない。


と、そんなことを思っていると、また小さなか細い声が聞こえた。


「………………………その人の味方をするなら、もう知らない」


俺の背後から。

その直後、後頭部に衝撃が走った。

痛いとか、苦しいとか、そういったものは感じない。

ただ電気のようなものが全身に伝ったのだ。


「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」


その憎しみが籠った声と共に俺は背後から何度も、何度も殴られた。

反撃することなどできはしない。初めの一発目の衝撃でもう身体はパニック状態となり、現在の状況をはっきりと理解できない。ただ殴られている箇所だけはわかる。

後頭部、頭頂部、両肩、両肩甲骨、背骨、あばら、かかと、その全てに痛みではなく、電気の走った時のような衝撃がしているからだ。


そして、30秒間くらい殴られ続けた後、ようやく俺を殴る手が止まった。

もう何も感じない、何も動かせない。


(………………ま、ずい。………………や、めろ)


俺は開けているのもやっとな目に二本の脚が見えた。

俺を殴り続けた人物の脚だろう。


そして、その人物は俺の下で気を失っている彼女の手を掴んだ。


「………………………やっと。やっと殺せる。私の目的がようやく…」


か細い声の人物がまた小さく呟いた。

そして、ずるずると俺の彼女を俺の下から引っ張り出していく。彼女も俺と同じように抵抗する気力もないのだろう。俺とは違い、不意に背後から殴られたのだから。


(やめろよ。本当にやめてくれ)


俺はもう声に出して叫ぶことも、目の前の人物の脚を掴むこともできない。

俺に今、できることは心の中でそう思うことしかできない。


俺は薄れゆく意識の中で、彼女が殴殺されるところを見た。

そして、俺はカァアアアンという鋭い音と共に意識を失った。


*************


俺は目を覚ますと、真っ白な天井が視線の先にあった。

少し前まで感じていた痛みはきれいさっぱり無くなっていた。

そして、俺は彼女が殺された殴殺された瞬間を思い出して、勢いよく身体を起き上がらせながら叫んだ。


「うわぁああああああああ!!」


この目で、俺は見た。

最愛の人間が、殺される瞬間を。

考えたくない。思い出したくない。覚えたくない。何もかも忘れたい。

俺はすっと喉元へと両手を持ってくると、思いっきり首を抑え込んだ。


が、俺はここである異変に気が付いた。

俺の首がいつもより細いのだ。

いや、それだけじゃない。

俺の手も、よく見たら体も、脚も確実に二回りほど小さい。というよりも、あれだけの殴打を受けながらも、何故こうも容易く身体を動かすことができているんだ。


「な、んだこれ」


俺はあたりを見回すと、病室だと思っていた部屋は確実に病室ではない。

何故なら周りには心電図ではなく、脚に黒の油性ペンで落書きされている勉強机が見える。

その上、寝ている場所はベッドではなく、硬い床の上の敷布団であった。


そして、俺はこの景色を知っている。

混乱する頭の中でもこの場所を覚えている。

ここは。


「俺の部屋だ」


俺は思わず口に出してしまった。

いや、現状を理解するために声に出さずにはいられなかった。

信じたくはないが、きっとそうなのだろう。

そして、決定的な証拠を目にしてしまう。


「お兄ちゃん、朝からうるさい!!」


声のする方へと目線を向けると、そこには8歳くらいの妹がそこにはいた。

妹はそれだけ言うと、俺から逃げるように俺の部屋を出て行ってしまった。

だが、俺はそれだけおかしな顔をしていたのだろう。


俺は自分の幼い頃にタイムリープしたのだ。


もしそれが本当なのだとしたら、俺には好都合だ。

つまりそれは彼女もまだ死んではいないということだ。

それだけで俺は、涙が止まらなかった。

たとえこれが走馬灯だとしても、俺はどうしても嬉しかったんだと思う。


だが、俺の嬉しさはこれだけではない。

昔にタイムリープしたということは、18歳の俺の彼女を殺した犯人を見つけるまでに猶予ができたということだ。

俺は敷布団から立ち上がると、勉強机に置かれたデジタル式の目覚まし時計を見た。

現在の日時は2012年6月18日の7時12分。

つまり俺がいた2020年の夏まで約8年あることになる。


「8年か」


8年もあれば俺の彼女を殺した犯人を特定するのは簡単なはずだ。

何故なら、俺たちを殺した奴は俺のことを知っていて、俺の彼女に明確な殺意を持った女。

それだけの情報があるなら、俺が関わった女全てをとりあえず疑って行けばいい。


俺の彼女を殺した犯人を見つけ出して、俺と俺の彼女と共に過ごす未来を絶対に守って見せる。

俺はそう決意した。

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