(7)

 組合の商用車の後部座席に乗り込んだ松上は、「丘陵公園の駐車場に行け」と智治に指示した。ルームミラーを見ると、拳銃を片手にしたまま、イヤホンをつけてスマホを操作している。そしてニヤッと笑うと、イヤホンを外した。


 程なく丘陵公園の入口に到着し、駐車場に向かって進んでいく。ようやく雨もあがったようだが、既に夕方となった平日の雨上がりの公園には誰の姿もない。駐車場には一番端の方に白い軽自動車が停まっていた。松上の指示のままにその車の隣に停め、彼とともに車を降りた。


「車の鍵を貸せ」


 松上の指示どおり、引き抜いた商用車の鍵を差し出す。それをさっと受け取ると、商用車に体を押し付けられ、紐のようなもので後ろ手に縛られた。そして松上は後部座席のドアを開ける。


その瞬間だった。


「ウッ!」


 バチっという音とともに、突然、痺れたような感覚があり、後部座席に倒れ込んでしまった。脇腹の辺りがズキズキする。必死に振り返ると、松上がこちらに銃口を向けながらニヤッと笑っていた。


「あんたは、どこかの湖にでも沈めてやろうと思ったけどな。さっきあのババアに俺の顔も見られたし、面倒だからやめとくわ」


 フフフ、と不気味に彼は笑う。


「くっ……結羽を……解放しろ」


「ああ、あの子か。どうかなあ。あとは、あの子次第じゃねえの」


 ハハハと松上は笑いながら、倒れている智治の足にもう一度スタンガンを当てた。ビリっとした感覚が足を襲う。手も縛られているので、どうしても起き上がれない。その間に松上はドアを閉めて歩いていく。隣にあった車で逃げるつもりだろう。


(せめてナンバーだけでも……)


 組合の車を使えば、万一の時にはGPSで位置が分かると思っていたが、やはり松上は逃走用の車を用意していた。その軽自動車のナンバーだけでも確認しようと、後部座席から何とか起き上がり窓から外を見ると、松上は隣の車の運転席に乗り込んでいた。


(くっ……逃げられる)


 そう思ったが、何をしているのかエンジン音が全く聞こえない。そしてしばらくすると松上がその車のドアを開けた。


「クソッ! エンジンがかからねえじゃねえか。どうなってるんだ!」


 松上はドアを乱暴にバタンと閉め、こちらの商用車の後部ドアを開けた。そこに黒っぽいバッグをどんどん投げ込んでいく。そしてそれが終わると、松上はもう一度後部座席のドアを開けた。


「テメエは人質だからな」


 そう言って再び智治の足にスタンガンを当てる。バチッという音とともに足に痛みが走る。その痛みに呻いているうちに、松上は運転席に乗りこんだ。


 その時だった。


 サイレンが聞こえてきたと思うと、駐車場に赤色灯を掲げた2台の車が猛スピードで入ってきて、入口を塞ぐように停まった。そして、車から3人ほどの人間がすぐに降りたのが見えた。


「警察だ! 大人しくしろ」


 そう叫ぶ声が聞こえた。しかし、松上は少し窓を開けて叫ぶ。


「こっちには人質がいるんだぞ。どうなってもいいのか!」


「馬鹿なことはやめろ! もう逃げられないぞ」


「ふざけるな! 早く道を開けろ」


 松上も叫んで、相手に見えるように智治に銃口を向けた。


「落ち着け。……分かった。車を動かせ」


 男の声が聞こえた。すると、1台の車が動き出し、道を開ける。


「そうだよ……。大人しくすりゃあいいんだ。さあ、今度はお前達だ。銃を置け! 早く!」


 松上が銃を智治にさらに近づける。


「やめろ! 分かった……」


 男がそう言う声が聞こえ、その前に何かを置いた。その周りにいた男たちも同じようにしていく。


「両手を上げてそこから離れろ。早く!」


 松上が再び叫ぶ。すると、男たちは手を挙げたまま後ろに下がっていく。


「そうだよ! こっちには人質がいるんだ。それも、こいつだけじゃないからな!」


 そう叫んだ松上は、アクセルを踏んだ。車が動き出す。


 ガタッ!


 車が大きく揺れた。松上はもう一度アクセルを踏むが、同じように揺れるだけで車は動かない。その時だった。


 突然、運転席側の窓の外に誰かの姿が見えた。


「確保だ!」


 男の声が聞こえたと思うと、運転席側と助手席側のドアが開いて、そこから男が飛び込んできた。そして松上の手から拳銃を奪い、車の外に強引に引きずり出していく。


「クソッ! チクショウ!」


「松上寛。17時10分。傷害と脅迫の現行犯で逮捕する」


 その声が聞こえ、続いて後部座席のドアが開いた。


「県警の城田です。動けますか?」


 それに頷くと、後ろ手に縛っていた紐を誰かが切った。まだ足は痺れている気がしたが、肩を貸してもらい車の外に出ると、何人もの男が松上の体を押さえつけていた。そこで気づいたが、車のタイヤに何かのロックのようなものが掛けられていた。どうやら、駐車場には先に警察が来ていて、いつの間にか細工をしたのだろう。


 そこで、智治はハッとして肩を貸していた男を振り向く。


「結羽は……娘は無事でしょうか!」

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