(6)
組合の理事長室のドアがノックされた。武田が応答すると、内田専務が入ってきた。
「警察の方が来られました」
彼が案内する後ろから、眼鏡を掛けた長身の男と、2人の男が続いて入ってきた。武田はその姿を見てドキッとしたが、その長身の男はスタスタと近づいてくる。
「県警の立花と申します」
その男はそう言って名刺を出した。まだ若そうだが警部の肩書きだ。キャリアなのだろう。武田は名刺交換すると、応接セットに彼らを案内した。武田の隣に内田がどかっと座る。
「いやあ、わざわざすみませんね」
「いえ。ちょうどこの近くで重大事件があったものですから」
「なるほど。県警本部からにしてはどうも早いと思いましたが、そうですか。大変ですねえ」
内田はそこでハハと軽く笑った。しかし、立花は表情一つ変えずに武田に尋ねる。
「早速ですが、こちらに望月智治さんという方がおられますよね」
「はっ? 望月ですか? ……ええ。お呼びしたのはその彼のことなんですが」
内田が答えると、立花はその方を向いた。
「今日、彼が乗っていった車のナンバーが分かりますか?」
「ハア? 車ですか? それは調べれば……」
「いえ、彼の車の居場所なら分かります」
内田が言うのを遮り、武田は立ち上がって、自分のパソコンの前に立花を案内する。そして、隣に立った立花の前で、パソコンを操作してそのシステムの画面を示した。
「これは商用車に試験的につけているGPSシステムです。この2番のところが彼が乗っている車だと思います」
「ほう……なるほど。武田さん、少しこれをウチの人間に使わせて貰いたいのですが」
「ああ、それは結構ですが」
「ありがとうございます。……宮沢くん」
呼ばれた宮沢という男がすぐに立花の側に駆け寄る。
「すぐに城田くんに連絡を。このシステムで彼らの車を追って犯人を確保しろ」
宮沢は武田に頭を下げてから席を変わり、パソコンの前に座ると、無線で連絡を取り始めた。ただならぬ気配に内田も立ち上がって尋ねる。
「どうしたんですか? 望月くんが逃げているとでも?」
しかし、内田の問いかけには答えず、立花は画面を見つめながら無線に向かって言う。
「立花です。城田さん、いいですか。この方向だと、丘陵公園かもしれません。車を乗り換えて逃げるなら、近隣で、かつ目立たず広い駐車場のある場所に停めているはず」
それだけ言うと、無線から「了解」とだけ返事があった。そして、立花はその無線を手に持ち、再び口を開いた。
「本部に要請。至急、丘陵公園方面に応援を願う。逃走車両の行方は把握可能につき、こちらから随時報告する」
了解、という無線が返ってくると、急に部屋は静まり返った。武田はそこで口を開いた。
「あの……立花さん」
「何でしょうか」
「望月くんは……もしかして、斎木さんと何かありましたか」
そう尋ねると、立花はじっと武田を見つめた。
「どういうことですか?」
「いえ……その、さっき私は斎木さんというウチの理事と電話していたのですが、おそらく望月くんと思われる男と口論になって、途中で急に電話が切れてしまったんです。それで、もしかすると……」
その先を武田は言いよどんだ。電話が切れる前、望月は組合で横領をしていたと言っていた。それが事実であるはずはないのだが、今日の組合の理事会でもその話を聞いている斎木は激しく詰め寄っていた。しかしその斎木の電話が急に切れたということは、何か良くないことが起こったのではないかとしか考えられない。
すると、立花はパソコンの画面の方に向けてから答えた。
「おそらくですが、望月さんは斎木さんに何もしていませんよ」
「えっ?」
「奥さんが目撃していたようです。望月さんと一緒にいたもっと若そうな男が倒れている斎木さんの近くにいて、その男は奥さんの方に銃を発砲した。そして、その男は望月さんに運転させて車で逃げたと」
「若そうな男……」
内田が呟くように言うと、立花が続けた。
「斎木さんの奥さんが言うには、その男は望月さんを脅迫していたように見えたそうです」
「いや、その男はウチの職員だと思います」
武田が冷静に答えると、立花がじっと見つめた。
「本当ですか?」
「はい。私は、このシステムで、望月くんの車とその男の車が少しの間同じ場所に停まっていたことを確認しています。後で車の走行履歴を見ればすぐに分かると思います。ウチの金融部の松上という職員です」
すると、内田が驚いた様子で武田の方を向いた。
「し、しかし、理事長。そんな脅迫なんて大それたことを、アイツがやるとは……」
「どうしてそう思うんです?」
立花は即座に尋ねた。すると、内田はハッとした様子で立花の方を見た。
「あなたはその職員のことをよく知っているのですか?」
「いえ……そ、そういう訳では……」
「私が睨んだところでは、残念ながら、その松上というのは相当の人間ですよ。そして、彼の他にも同じような卑劣極まりない人間がいる。……私はこういう卑劣な奴は絶対に許さない」
立花はそう言ってから、黙ってパソコン画面を見つめていた。彼の静かな言い方と厳しい表情には、誰も何も言えないような無言の威圧感があった。すると、立花は急に顔を上げた。
「ご心配には及びませんよ。優秀な刑事たちが向かっていますので、すぐに犯人を逮捕できるはずです。そうすれば真実は自ずと明らかになるでしょうから」
立花はやや穏やかな表情になって、内田の方に顔を向ける。しかし、内田は真っ青な顔をして、応接セットの椅子に倒れ込むように深く腰掛けた。
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