(5)

 望月智治は組合の商用車を運転して斎木清勝の家に向かっていた。助手席の松上は、ずっとこちらに銃口を向けて様子を窺っている。


「偽の証書を発行して横領していたとでも言えばいい。まあ、しばらくしたら金を返すくらいの誠意は必要かもな」


「そんな事を言って、アイツが納得する訳がない。どうしてそんな事をする必要があるんだ」


「フフ……そうだよなあ。園芸ハウスの建設の談合事件の時だって、真っ先にあのオッサンが組合で騒いだんだよな」


 松上の言葉にハッとした。それは数年前だったか、大規模な農業用ハウスの建設事業で、地元の建設業者がそれを落札したが、余りに値段が高く談合ではないかとして組合員が声を上げた。その筆頭にいたのが清勝だ。奴は昔からイジメとか不正とかが大嫌いだ。見た目はいかついが、ガラの悪い連中とつるむような事はしなかった。そして、その時の建設業者のうちの一つは、松上の父親が経営していた会社だった。実際、警察が調べるとすぐに談合が判明し、その事件は地元マスコミが騒ぎ立てたこともあって、松上の父の会社もその後経営が急速に悪化して倒産したはずだ。


「お前……どういう事だ」


「いいから黙って行けよ」


 松上は遮るようにそれだけ言った。


 車はすぐに清勝の家に着いた。庭に入ると、青いトラックと軽トラックが停まっている。その軽トラックから清勝が降りてきた。


 松上の指示で、車を転回させて停めてから車を降りた。助手席から松上も同時に降りる。その肩から掛けたカバンには、拳銃を隠している。清勝は何かの紙を持って真っすぐにこちらに近づいてきた。


「どういう事だ。一体」


 清勝は持っていた紙をこちらに向けた。


「これを見ろ。『職員による横領事案が発生。容疑者は望月金融部長』と書かれているぞ。証拠の写しもある。何なんだ、これは!」


「すまん」


 そう言って、頭を下げる。しかし、清勝の怒声が飛んできた。


「謝って済む問題じゃない! 本当にお前がやったのか」


「だから……顧客の金を、偽の証書を渡して着服していたっていうことだ」


「バカヤロウ! 何でそんな事を……」


「すまん! しかし、カネは必ず返す。もう少しだけ待ってくれ」


「そんな事が……」


 そこまで清勝が言った時だった。隣にいた松上が急に清勝の前に飛び出した。


 バチバチッ!


 それは一瞬のことだった。眩しい光が見えたと思うと、清勝は呻き声を上げてフラフラとその場に倒れていく。スタンガンだと思って、一歩足を踏み出した智治に、松上は手にした機械を向けて黙って睨む。そして、松上は清勝の体の側に落ちたスマホを黙って拾い上げてその画面に触れた。


「フン……理事長と電話しやがっていたのか」


 松上は静かに言って、再びスタンガンを清勝の足元に当てた。清勝が再び呻き声を上げる。


「やめろっ!」


 思わず松上に近づくと、彼はその機械はこちらに向けてきた。バチッと火花のような光が目の前に現れ、そこで立ち止まる。


「おいおい。娘はいいのかよ。これも分かってるか?」


 松上はそう言ってニヤッと笑ってから、肩に掛けていたカバンをポンと叩いた。その中には拳銃が入っているのだと伝えるかのように。すると、松上は再び清勝の方を向く。


「斎木のオッサン。正義感もいい加減にしろよ」


 松上は冷たくそう言い放ってから、近くに置いてあった陶器でできた鉢のようなものを手に取った。


「安心しな。ちょっと痛めつけたいだけだからな!」


 そう言って、鉢を振り上げた。


「やめろ!」


 智治が思わず叫んだその時だった。


 パリン!


 ガラスが割れたような音とともに、辺りに光が飛び散った。智治は眩しさに目を閉じたが、再び目を開けると、松上が地面に尻餅をついていた。その隣には、さっきまで智治が手にしていた鉢が粉々になって落ちていて、松上の前には白い猫が今にも飛び掛かりそうに彼の方を向いている。


「な、何だ。テメェは……」


 松上はカバンから拳銃を取り出して、その猫に向けながら立ち上がった。その時、玄関の引き戸が開いた。顔を出したのは、清勝の妻の篤子だった。


「一体、何を……」


 彼女が言いかけたところで、智治はとっさに叫んだ。


「篤子さん! 警察に連絡を!」


 そう叫ぶと、彼女は倒れている清勝に気づき、悲鳴を上げた。


「キャアア!」


「クソッ!」


 松上はすぐに篤子の方に銃口を向けた。


 パン!


 思ったより軽い音が響き、とっさに一歩足を引く。「キャア」という悲鳴が聞こえ、玄関の引き戸が閉まった。


「クソッ! お前ら死にたいのか!」


 松上は今度は智治に銃口を向ける。しかし、舌打ちしてすぐに智治に近づいて言った。


「行くぞ! 車に乗れ」


 松上は銃口を智治の背中に押し付けた。智治は仕方なく運転席に乗り、松上は銃口を向けたまま後部座席に乗り込む。そして、すぐにエンジンをかけて車を発進させた。その時、バックミラーを見ると、倒れている清勝の脇に立ってこちらを見つめる白猫の姿がはっきりと見えた。

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