(4)

 臨時理事会が終わり、農家組合の理事長の武田は、一人で理事長室の椅子に座り、窓の外を眺めていた。


(やられたな……)


 来週、定例理事会が開催されるので、そこで横領事件の話を持ち出す予定だった。そのために金融部の部長である望月智治だけに理事長の特命として指示し、極秘裏に調査を進めてきたのだ。あの松上とかいう職員と、内田専務が結託して、顧客から多額の資金を横領しているという疑い。まだ十分な証拠は揃っていないようだが、被害者である顧客の一部からようやく協力を得られるというので、その悪事を告発する予定だった。今日の臨時理事会は、完全にそれに先手を打たれた形になる。


 内田は理事会で、容疑者は望月であり、松上はその指示に従って横領せざるを得なかったと報告した。その証拠として、おそらく内田たちが行っていた偽の証券や金融商品の資料を提示した。密かに調べていたと言えば、その出所など詳細に説明する必要もないのだ。それに、顧客に聞いたとしても、松上としか会っていないのだから、「望月が真犯人で松上はそれに従っただけ」と言われれば、こちらにはそれを覆すだけの証拠もない。


 さらに悪いことに、望月本人が少し前からどこかに外出してしまって連絡が取れない。金融部の職員に尋ねても、行先は分からないという。これではまるで、自分に容疑がかかるのを見越して逃げたと見られてもおかしくない。


 理事たちは完全に望月が犯人だと信じてしまった。武田は、「まずは望月から話を聞くべき」と言ったが、内田が提案した「警察への告発」について賛成多数で可決されてしまった。反対者は武田と斎木清勝だけ。理事会が終わると、武田は斎木に声を掛けようとしたのだが、隣にいた内田専務に引き留められた。


「理事長。では、早速警察に連絡します」


「いや……しかし、それは」


 そう答えながら、視線の端で斎木理事が会議室を急いで出て行くのが目に入った。


「これは理事会の決定ですよ。あなたが反対しても止めることはできない。この証拠も警察に提供しますから」


 内田は語気を強めてそれだけ言うと、すぐに会議室から出ていった。武田もすぐに会議室を出て斎木の行方を追ったが、既にその姿は無かった。急いで理事長室に戻って、自分のスマホから斎木に電話を掛けるが、話し中のようで繋がらない。


 一度、部屋を出て総務部に行き、組合の商用車の利用状況を示したホワイドボードの前に立った。そこで利用中の商用車の番号を確認すると、再び理事長室に戻り、机の上に置いたパソコンの前に座った。何度かクリックして一つのシステムを起動させる。すると、画面に表示された地図に、丸のついた番号がいくつか表示されていた。それは、商用車の位置を表示するシステムだった。まだ試験的な導入としてちょうど今月から開始しているが、そのシステムの事は部長以上の職員しか知らない。


(これは……)


 いくつか表示された番号の中で、やや違和感のある辺りで止まっている番号を見つけた。そこは県の博物館の駐車場で、しかもそこには2台が止まっている。その車両の番号は、望月の乗っていた車と松上が乗っていた車だ。もし、二人が一緒にいるとしたら、何をするだろうか。松上は何としても望月に罪を着せようとするだろう。それしか自分の逃げる道がないのだから。しかし、望月が罪を被ることは考えられない。一体、松上はどうするつもりなのだろうか。


 とにかく、今は望月と松上の身柄を早く確保することだ。横領の証拠は示されたとしても、肝心の横領金は見つかっていない。おそらく松上が持っているのだろう。それさえ見つかれば、自ずと真犯人の証拠に繋がるのではないか。警察にこのシステムのことを説明すれば、すぐに彼らの身柄は確保できるだろう。


 その時、スマホに電話がかかってきた。見ると斎木理事だ。慌てて電話に出る。


「もしもし」


『理事長。一つだけ教えてください』


「何ですか?」


『あなたも、本当に智治が横領したと思っているんですか。俺にはどうしてもそう思えない』


「私だって同じです。だから、さっきの理事会でも望月くんから話を聞こうと言って反対した。実は、昨日斎木さんに伝えた望月くんと一緒に調べていた事というのは、内田専務が別の職員とともに横領しているという事だったんです。だからさっきの横領の話は絶対に違う。今日の理事会の事だって、私は事務所に戻るまで知らなかった。完全に専務にはめられたんです」


『……やっぱり、そうでしたか。俺も信じられなかったので、智治に直接確認しようと、さっき電話したんです』


「望月くんの携帯に?」


『ええ。でも、少し話したところで一度は切られてしまって。そうしたら、さっき向こうから電話があって、これからウチに来て話したいと』


「えっ? 斎木さんのウチにですか」


 どういう事だろう。望月が容疑者にされたことを既に聞いている斎木に、自分はやっていないとでも言うのだろうか。そこでふと、パソコン画面を見ると、先ほど停まっていた望月の車だけがいつの間にか動き出していた。そうすると、松上も同乗しているかもしれない。車は既に斎木の家の辺りに近づいている。もう時間はない。


「よく聞いてください、斎木さん。詳しい話は後にしますが、とにかく望月くんと一緒に来る人間がいたら、そいつに注意してください。それと、この電話はこのまま通話状態にしておいてもらえますか」


『どういう事ですか? ……あっ、組合の車が来ました』


「斎木さん、気を付けてくださいよ」


 それだけ言うと、武田は落ち着いてスマホの音声の録音を始める。しばらくして車のエンジン音が止まり、ドアが閉まる音が聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る