〈7日目/裏〉

 白猫と三毛猫は車庫の中でじっと待っていた。降り出した雨が少しずつ強くなっていく。今の時刻が分からないが、人間の結羽はそろそろ家に帰る頃ではないか。そう思うと、胸のドキドキが止まらない。


 白猫は、三毛猫と考えた計画をもう一度頭の中で確認していた。この猫の体では、犯人たちから結羽を守ることはやはり無理だ。結羽を拉致するために彼らは車で来るだろうから、三毛猫が犯人の気を引き、白猫が結羽のスマホを彼女のリュックから取り出す。そして、隙を見て三毛猫がそのスマホを持って彼らの車に乗り込む。そして、白猫はお母さんに何とかして異常を知らせる。その確認を終えて、白猫は一つだけ尋ねた。


「ねえ。それで……清太のお父さんは、大丈夫なの?」


「俺の世界でも、父さんは死ななかった。結羽が無事に保護されれば、真犯人も分かるだろうし、結羽のお父さんも、ウチの父さんもきっと何とかなる」


 三毛猫はそう答えたが、白猫は不安だった。それでもう一度、彼に何か言おうとした時だった。


 突然、バイクの音が近づいて来た。黒いスクーターが庭の入口から入って来る。結羽のスクーターだ。それは白猫たちのいる車庫の中に入ってきてエンジンが止まる。ヘルメットを脱いだ結羽は、座席を引き上げて荷物を取り出そうとした。


 その時だった。


 彼女の後ろの方からバシャバシャと水をはねさせて走って来る音が聞こえたと思うと、突然、近くでバリっという音が聞こえた。結羽の体がその場に倒れ込む。すると、その後ろに黒いカッパを着た人間が立っていた。


「イテエ!」


 その男が突然叫んだ。見ると、いつの間にか男の頭に三毛猫が飛び乗って爪を立てている。その弾みで男の顔が露わになった。あの「大村」と呼ばれていた男だ。彼は頭を振って三毛猫を振り落として、その方を睨んだ。


「何しやがる!」


 三毛猫が逃げるように車庫の外に走っていくと、大村はそれを追った。白猫はハッとして結羽のスクーターの座席の下の物入れに飛び乗る。そこにあったリュックの中に必死に顔を入れ、そこからスマホをくわえて車庫の端の方に置いた。そして、隠していた母のスマホをスクーターの脇に置き直す。


 庭の方を見ると、黒いワゴン車がバックで入ってきていた。その車から降りたのは黒いカッパを着たもう一人の人間だった。顔はよく見えないが、松上であることは間違いない。すると、そこに三毛猫が戻ってきた。


「ありがとう。じゃあ俺、行くよ」


「暗証番号は私の誕生日だから」


 そう言うと三毛猫は頷いて、結羽のスマホをくわえたまま、車庫の端の方に身を寄せた。松上が近づいているのが彼にも見えていたのだろう。松上は結羽を車に乗せるはずだ。その時、三毛猫が車に乗るのが見つかっては駄目だ。松上に見つからないように三毛猫を車に乗せるにはどうすればよいのか。そう思うと、白猫は倒れている結羽の前に飛び出した。松上が驚いたように立ち止まる。


「あんた達は、絶対に許さない!」


 そう叫んで松上の膝の辺りに飛び掛かった。その時だった。


 パリン!


 ガラスが割れたような音が聞こえたと思うと、体が吹き飛ばされるような感じとともに、辺りに眩しい光が飛び散った。


「うわっ!」


 松上が叫ぶのと同時に、その光の中で三毛猫が近くを駆け抜けるのが見えた。光が少しずつ弱くなり、気づくと白猫は車庫の壁際に倒れていた。車庫の中にはスクーターが倒れ、結羽のリュックも地面に落ちて教科書などの本が辺りに散らばっている。その向こうに、まだ倒れている結羽の姿があり、そのさらに先に尻もちをついて倒れている松上の姿が見える。


「クソッ! 痛え……」


 松上は叫ぶと、すぐに立ち上がったが、右腕を左手で押さえている。何か怪我をしたのだろうか。しかし彼は、倒れている人間の結羽の体を左腕だけで強引に引きずろうとする。それを見て白猫も立ち上がろうとしたが、体が痺れたように動かない。


(どうして……)


 そう思っていると、松上は叫んだ。

 

「何やってるんだ! 大村、早く戻って手伝え!」


 すると、大村が走って戻ってきた。


「クソッ! 猫に引っかかれた」


「俺だってよく分からねえけど腕をやられたんだ! 早く車に乗せろ」


 いらだった松上が叫ぶと、大村は結羽の体を車に運んでいく。松上は右腕を押さえなら再びスクーターの近くまで戻ると、地面に落ちていた結羽のリュックと母のスマホを取り上げて、スクーターを押して車に戻っていく。大村がスクーターを車に乗せ、彼らも車に乗り込むと、その車はすぐに走り去って行った。


(知らせなきゃ――)


 結羽が連れていかれたことを母に伝えないとならない。そして、清太の家にも行って清太の父も守らなければならない。そう思って足を踏ん張って立とうとしたが、まるで地面に足が接着されてしまったように動かない。そして、異様な疲れとともに急激に瞼が重くなってきた。


(神様……お願い)


 それだけを思ったが、すぐに視界が真っ暗になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る