〈1日目〉③
三毛猫の清太は道路脇や畑の中を駆けて行く。まるで飛んでいるような感覚になり、それが楽しくて夢中で走っていると、気が付くと見覚えのある実家の近くの風景になっていた。辺りを見回して、実家の方に走っていく。
(あった——)
実家は昨日とほとんど変わらない風景だった。花壇は手入れされており、家の隣にある納屋も綺麗に整頓されているのだけは違う気がするが、それ以外は昨日のままのように感じる。
納屋にはバイクも安那の自転車も停まっていない。人間の清太はまだ帰っていないのか、それともどこかに出かけたのだろう。家の2階を見上げると、窓が開いていて網戸だけ閉められている。ただ、この時期は家の中に熱が籠らないように2階だけ窓は開けていることが多かったので、誰かいるかどうかは分からない。
花壇の端の方には、女郎花の黄色い花が咲いている。それは昨日、清太が摘み取って結羽のお墓に供えたものだ。何気なくその花に近寄ってみる。猫の目になっているためなのか、その黄色はやや色あせたような感じに見えるのだが、雑草も少なく、かなり管理された花壇にはその他にもいくつかの草花が元気に生えている。そこから振り返って家の方を見上げた時だった。
白い猫が2階のベランダから突き出した屋根の上に座っているのが見えた。その猫はじっとこちらを見つめている。
(また野良猫か)
さっきの墓地で野良猫に飛び掛かられたことを思い出す。確か、猫にも縄張りがあったはずだ。それを侵してくる猫はおそらく敵とみなされるのだろう。遠くからではあるが、白猫はじっとこちらを見つめているので、自分のテリトリーを侵そうとする猫かどうかを見定めているのかもしれない。また飛び掛かられては面倒だと思い、そちらをチラチラと見ながら庭の端の方にそっと歩いていく。
「ねえ」
どこからか声が聞こえた。慌てて立ち止まり、キョロキョロと辺りを見回す。しかし誰の姿も見えない。するともう一度、声が聞こえた。
「ねえ。三毛猫のあなただけど」
耳に届いた声の方を振り向く。すると、屋根の上の白い猫が見えた。
「俺を……呼んだ?」
そちらを向いて声を掛けると、白猫はゆっくりと腰を上げた。
「あなたこそ……私の声が聞こえるの?」
白猫が口を開けて話すのが今度ははっきりと分かった。
「聞こえる。一体、君は……?」
そう答えると、白猫は屋根の端の方からこちらを見下ろした。
「良かった。ちょっと待ってて。そっちに行くから」
それだけ言うと、白猫は軽々とピョンと納屋の屋根の方に飛び移り、姿が見えなくなったと思うと、納屋の後ろの方から再び姿を現した。しかしまだ警戒しているのか、数メートルほど離れた場所にちょこんと座る。
「あなた、普通の猫じゃないわね。何者?」
こちらを見つめて白猫は尋ねた。毛並みも美しく、先ほどの野良猫とは明らかに違う。
「何者って言われても……俺も、訳が分からなくて」
「えっ、どういうこと?」
「いや……これが夢じゃないとしたら、気が付いたら猫になっていたとしか……」
「猫になってたって……もしかして、あなた、人間だった?」
「そのはずなんだけど……」
すると、白猫は「良かった」と言ってから、ゆっくりとこちらに近づいて来た。
「私も同じなの。人間だったんだけど、気づいたらそこの納屋の中にいて、自分の体が猫になってたの。何かの悪い夢だと思って、この辺をフラフラ歩いていたんだけど、急に別の野良猫に追いかけられたから、屋根の上に逃げていたのよ」
ホッとした様子で急に饒舌に話し始めた白猫は、すぐ近くまでやってきて座った。
「それって、俺も同じだった。野良猫みたいな猫に追いかけられて逃げ回ったよ」
「そうなの。それってどの辺り?」
「ええと……五坂町の方なんだけど」
「五坂町?! それって、ここからだと隣町じゃないの。それで、どうしてこんな所まで来たの?」
「だって、ここは俺の家だから」
そう答えると、白猫はハッとした様子でこちらを見つめた。
「家って……もしかして、清太くんなの?」
その言葉にドキッとする。
「俺を知ってるの?」
「知ってるも何も、私は結羽よ。望月結羽」
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