7月17日 ①
次の日は朝から激しく雨が降っていた。
その日は5時限目が体育だった。担当教師は平野先生だったが、雨が降っているので、体育館でバスケをすることになった。
スリーオンスリー形式でやるので3人でチームを作っていく。様子を見ていると、賢斗は既に1組の男子とチームを作っていて、一瞬、清太と目が合ったがすぐに顔を背けた。その時、近くにいた9組の男子から声をかけられたので、清太は彼らと一緒に端の方に並んで立った。各チームは次々と対戦し始め、すぐに清太たちのチームの番になる。コートで対戦する時間は数分だっただろうが、激しく動いたため一気に汗が噴き出てきた。
その後も何度か清太たちのチームの順番が来て、再びコートの脇から対戦中のチームの様子をぼんやりと眺めていた時だった。
「先生!」
女子の方のコートから誰かが手を挙げて平野先生を呼んだ。先生がすぐにそこに走っていく。見ると、誰かがコートの中で倒れているようだ。
「あれって、望月さんか?」
誰かが言う声が聞こえた。周りを女子たちが囲んでいるのでよく分からないが、男子たちもそちらに注目している。するとしばらくして、その女子たちの輪の中から、二人の女子が体育館から外に出ていった。その一人はやはり結羽のようで、俯いたまま、秋山に手を引かれるようにゆっくりと姿を消した。
平野先生も一緒に出て行ってしまったので、残った生徒達はザワザワとし始めていた。賢斗と何人かの男子が女子達の方に向かい、誰かと話していたが、やがて彼は戻って来ると、周りの男子に告げる。
「ボールが跳ねて、顔に当たって倒れたみたいだな」
「マジかよ。普通、顔には当たらなそうだけどな。誰がボールを?」
「美弥ちゃんだってよ」
「まさか……当てられたってことはないよな?」
誰かが小声で言った。すると、意味深な目くばせが数人の男子の間で飛び交ったように感じた。すると賢斗は、チラッと清太の方を向いてため息をつくと、ほかの男子たちに言った。
「続けようぜ」
彼はコートの方に歩いて行った。他の男子もバラバラとそれに続いて、再び体育館の中にバスケットボールの跳ねる音が響いていく。
******
結局、結羽は体育には戻って来なかった。放課後になり、帰り支度をしている秋山に近寄る。
「結羽は、大丈夫だった?」
尋ねると、彼女は大きくため息をついた。
「今日はもう帰ったよ。目が充血しているようだったし、バイクの運転が大丈夫か心配だったけど、どうしてもすぐに帰るって言い張って……」
そう言うと、彼女はリュックサックを背負って教室を出て行った。
清太は急いで帰り支度をしてから結羽にメッセージを打ち始めた。「大丈夫? 無事に帰れた?」とメッセージを送ってから、武道場に向かって歩いていく。その時、廊下の前の方を歩く女子生徒の姿を見つけて思わず声を掛けた。
「ちょっと待てよ」
そこにいた美弥が振り返った。清太の姿を見て彼女の顔色がさっと青ざめる。隣にいた南波もこちらを振り返った。
「聞きたいんだけど」
「……何?」
美弥が顔を背けて言う。
「わざとじゃないよな」
静かにそう尋ねると、美弥はキッと睨むようにこちらを見た。
「そんな訳ないじゃん! いくら何でも、そんな事、私……」
「死ぬかもしれない」
美弥の言葉を遮って静かに言う。それを聞いた彼女は唖然とした。隣の南波が代わりに口を開く。
「ハ、ハア? 一体、何言ってるのよ。……死ぬって、どういうこと?」
清太は彼女の方を睨んでから、その視線を美弥に戻す。
「どうして、仲良くできないんだよ」
小さくそう答えると、後ろの方から声を掛けられた。
「おい、どうした。何やってるんだ」
振り返ると賢斗が走って近寄ってきた。
「清太くんが、わざとやったんじゃないかって……」
美弥はそこまで言うと、俯いてしまった。うっ、うっ、と嗚咽する声が聞こえてくる。隣にいた南波が彼女に体を寄せた。賢斗が一歩近づいて言う。
「わざとする訳ないだろ。美弥ちゃんだって、あれからずっと心配していたんだ。言い過ぎだぞ、清太」
「そうよ。清太くん、どれだけ美弥を傷つけるつもりなの」
南波が言った時だった。
「じゃあ、お前らはどれだけ結羽を傷つけてきたのか分かってるのかよ!」
抑えてきた気持ちが急に爆発してしまった。確たる根拠は無い。ただ、さっきの体育の時にも、結羽を支えたのは秋山だけだった。1組の女子、いや男子も含めて1組のメンバーのほとんどは、結羽の敵だったのではないか。その思いが先に口から出てしまった。清太のあまりの剣幕に、横から口を出してきた南波もハッとしたように一歩後ずさる。
「ちょっと待てよ。どうしたんだ、清太。少し冷静になれよ」
そう言いながら賢斗は清太の手を掴む。しかし咄嗟にその手を振り払う。その時、ハッと気づいた。自分達の周りをいつの間にかたくさんの生徒達が取り囲んでいる。誰もが清太の次の言葉、次の行動を待っている。そして彼らの心の言葉が聞こえた気がした。
『そうだよ。望月さんのことは俺達には関係ない』
『だけど、清太くん。あなたにとって彼女は何なの? 一体、私達と何が違うって言うの?』
黙って周りを取り巻く彼ら、彼女らの視線。それを見ているうちに、誰かの声が聞こえた気がした。
『お前だって、結局、何も出来なかったじゃねえか!』
その叫びに何も答えられなかった自分。逃げるように暗闇を走ったあの絶望感。
(俺は違うんだ。俺はただ、結羽を——)
そう思うと、周りにいた生徒達の間を抜けて、廊下を全力で走り抜けた。
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