第10話 クリスマスディナー

幼いころ、クリスマスやお正月が、とても楽しかった。

祖父も、父も、母も、兄も、とても楽しそうにしていた。

それとも、みんなは、演技をしていたのか。

本当は苦しいのに、楽しい芝居をしていたのだろうか。


クリスマスには、スタッフドチキンと、シュトーレンがなくてはならないから、今年も私は、それを準備した。実家の母がいつも作ってくれたから、私も必ず、という思いで毎年作っていた。だけど、この家族は言う。

『美味くない』

『まずい』

『硬い』

夫、息子、娘と、そろいもそろって、『あっち』に似たから、そんなことを平気で言う。

おいしくないと、たとえ思ったとしても、ちゃんと食べてよ。

別にゴミを食わせているわけじゃないのだから、給食だと思って普通に食べればいいのに。

一家のお母さんが、クリスマスにスタッフドチキンとシュトーレンを作ってくれた。クリスマスというのはそもそもそのような日だから、黙って食べれば良いじゃないか。十五秒くらいで終わるのだから、『うまいね』って演技してくれてもいいのに、と思う。

 実際、このチキンとシュトーレンは世界一美味しいレシピなのだ。家族でフランクフルトと、パリに駐在していたころには私は子供だったが、母は現地で美味しく作る方法をたくさん学んだ。そのような得がたい経験を、私もきちんと受け継いでいきたいと思う。味という目には見えない伝統を、娘にも、そして息子にも受け継いでほしいと思っている。

 それなのに、まったく味オンチなのである。

イブは家族四人で過ごし、クリスマスの当日には、『あっち』に行く。

 夫の実家では、息子も娘も、とても楽しそうな顔をする。

「うんまーい」

「おいしーい」

「サイコー」

 夫、息子と娘が、とろけるような声を出す。

一皿三万円の、オードブルセットに入っている、鳥の唐揚げを、食べている。中華料理店で出てくるような、衣のたっぷりついた唐揚げに、ケチャップをたっぷりつけて、口に放り込む。老舗割烹のオードブルセットには、刺身、煮物、伊勢海老の焼き物、蟹爪のフライ、天ぷら、ローストビーフサラダ、酢の物、フルーツなどが、豪華に並ぶ。

ひとつひとつを店で、皿に盛ったら、きっとおいしいのかもしれない。しかし、私はこの、オードブルが苦手だ。見た目はいいが、全部が冷たいし、一瞬で汚らしくなる。義母には取り箸の発想はない。エビフライや、鳥の唐揚げはわりと安全に取れる。しかし、あえ物や、サラダや酢の物は、べちゃべちゃになって、絶対に取りたくない。

「ヒロコさん、もっと食べなさい」

義母が、私の皿に、ポテトサラダを取ってくれた。私は、食べる気を失くした。しかし、ここは私の舞台だ。「ありがとうございます」

 私はエビフライと、ポテトサラダを食べた。

「んまあ、毎年のことながら、良いお味」

 娘が私の顔を軽蔑したように見た。

(なによ、その顔。ママはね、ちゃんと演技をするわ、マナーだもの)

「お義母様、昨日作ったものですが、私のチキンも召し上がってくださいね」

義母の皿に、自分が作ったスタッフドチキンを載せた。義母は、「あっ」と口をゆがめた。

「これ苦手だって言ってるじゃないヒロコさーん。だいたいこれって、何の味もしないの」

 義母は言った。

「お尻から内臓を出して、色々詰め込むなんて、鳥がかわいそう」

「確かに」

 息子が笑った。

「あらぁ、ハーブとレモンのお味なのですが、わかりません?お義母様」

私が言うと、

「全然おいしくない」と言った。

「料理はね、やっぱりプロが作ったものが、一番おいしいのよ」

スタッフドチキンの載った皿を脇へ追いやり、伊勢海老のグラタンを食べた。

「ほら、一人に一個あるのよ、食べなさい」

義母は、また自分の箸で、私の皿に伊勢海老のグラタンを取った。

「・・・あらぁ、美味しそう」

私は精一杯の演技をした。

「でもさぁ、この鳥、ヒロコさんみたいね」

「はい?」

「腹にいろいろため込んで」

義母は、あはははと笑った。

「あらいやだ、お義母様、私、こんな丸々と太ってますぅ?似てるのは、お義母さまよ」

渾身の芝居を続けたが、私のほかに誰一人、笑う者はいなかった。

いつものクリスマスディナーの光景だった。

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