第18話 黒犬獣

 三体の黒犬獣ブラックドッグをやり過ごし、恭平は息を整える。

 家屋の残骸に隠れ、物音を立てずにいたのだ。こちらに気づかず去っていくと思っていても、近くを威圧的な獣が歩いて行くのは、それだけで寿命が縮まる。


「大丈夫か?」


 見れば少年も息が荒い。恭平以上に顔色を悪くしている。


「あ、ああ。

 大丈夫。

 …………前に……アレに親父がヤられて……思い出しちまっただけなんだ」



 父親は死んだと言っていたか。

 恭平も何度も見ている。あのケモノの頭部が人間に近付き、喰らいつく場面。人間の首から下だけが残った死体。あるいは生きたまま咥えられ、人間の叫び声が絶え、何かの物体を磨り潰したような音がケモノの内部から聞こえる。そんな光景。

 思い出したくもない光景だが、亡くなったのが父親ともなれば、忘れる訳にもいかないのだろう。


「今は……アイツを出し抜いて、中に入る。

 それだけ考えておけ」


 その後も二体の黒犬獣ブラックドッグ、四体の連中が通り過ぎるのを待つ。間隔は15分おき位か。

 すでに時間は18時半になろうとしている。


 先ほど二体だけだった時に実行すべきだったのか。

 後悔が湧き上がるが、時間を戻す術は無い。


 少年の汗を拭う動作が目に入る。冬場の寒さ以上に集中した疲れの方が大きい。

 これ以上続けるとこちらの神経が参ってしまう。

 何も行動はしていなくても、自分の生命活動を一瞬で止められる存在が通り過ぎるのを息を殺して見守るだけで精神が擦り減るのだ。



「次で行く」


 恭平は口に出す。即席の相棒はこちらを見て頷いた。


 出入り口は開いたまま。情報電荷都市エレクトリックシティの暗がりから姿を現すケモノ。


 まさか……一体だけ?!

 決意したタイミングで、俺達はツイてる。

 

 恭平が口のハジを笑みの形に吊り上げると相棒もニヤリとしてみせる。

 ×のポーズさえしなければ実行してくれる手筈だが、相棒は腕で丸を描く。


 時間差はあまり無く、遠くからかすかなアラーム音が聞こえる。

 恭平の耳には小さな音だが、期待した通り黒犬獣ブラックドッグは聞き逃さなかった。


 GURURURU!

 

 唸り声を上げ、獣の影が走り去っていく。

 それを見送り、相棒が小石を投げる。本来なら高圧電流に引っかかる場所。反応は無い。相棒と顔を見合わせ、恭平は走り出す。

 全力疾走であの中へ。

 

 しかし、何故か相棒は足を止める。

 原因は恭平にもすぐ分かった。

 人間の声!

  

「こっちだぞ!

 バケモノ野郎、来やがれ

 どうした、ワンちゃん」


 遠目に動く人の姿。

 スマホからアラーム音を出し、静かにその場所を離れると言っていたでは無いか。

 何故、あの老人は大声を出しながら走っている!

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