第14話 すぐそこ

 公衆トイレの個室で恭平はラジオを取り出す。

 電源を入れ、胸ポケットに放り込んでトイレの壁にもたれかかる。イヤホンを持ってこなかったのが悔やまれる。


「今日も明るく楽しく行きたいです。

 まひるです。

 聴いてくれてるあなたにお送りします」


  いつもの声が個室に響く。

  少年がまだ近くにいるかもしれない、となんとなく音量を控えめにしてしまう。胸に入れてあるのだから、それでも充分聞こえる。


 まひる、キミはあそこにいるのか。

 ならば、近くまで来たぞ。

 もしかしたら……すぐにでも逢えるかもしれない。


 

「へへへへ。

 今日も衝撃のニュースがありますよ。

 まひるもビックリです」


「えへへへへへへへ。

 ……へへ…………」


 どうした……


 まひるは黙ったまま語ろうとしない。衝撃のニュースが有ったんじゃないのか。

 

「お隣の家が壊されました。

 ……徐々に建っていた家が壊されていて……

 いずれ来るんだろうな、と思っていたんですよ……

 そっか、今日来たか、ってカンジですね。

 へへ…………

 ……い…ぃや……もぅ……

 や、いやだぁあああああああああああ!!!

 あっ……あっ……ふっあぁぁぁぁぁあああああああ……いやぁ!」


 恭平は立ち尽くしていた。まひるは強いと思っていた。強すぎるくらい強いと。でもやはり女の子なのだ。

 恭平が精神をおかしくしてパニックに陥ったように、いつバランスを崩してもおかしくなかったのだ。

 

「こんなの……こんな……やなの!

 なんで?!

 誰も来てくれないの?!

 ずっと……ずっと話してるのに……

 もう一年近くも一人きりで…………

 ホントに誰もいないの……誰もこんな声聴いていないの……

 だったら!

 ……だったらもう……止める……

 こんなの!

 意味無い!」


 意味はある!

 在ったんだ……

 キミの声のおかげで俺は生きて来られた。

 

 その事をまひるに伝えなきゃいけない。今すぐにでも。恭平はしゃにむに個室の扉を開いていた。

 まひるの泣き声の聞こえるラジオを切りもせずトイレを飛び出す。


 そこには少年がいた。彼も恭平のように焦ったようにこちらへ走っていた。

 息を切らせた声で話す。


「……はっ……自殺志願の人!

 大変……だっ。

 すぐそこ!

 そこに黒犬獣ブラックドッグが!」


 見上げる恭平の視界にも現れていた。

 巨大な機械のフォルム。


 黒犬獣ブラックドッグ


 何時、誰がそう呼び始めたのか。

 威嚇するような音を頭部から出し、それが狗の雄叫びを思わせる為だろうか。


「逃げよう、逃げる……逃げ……」


 少年は四つ肢で動く機械を遠目に震えていた。

 この人間の身長を大きく超えるサイズの機械が他人の命を奪う処をすでに目撃しているのだろう。

 恭平自身も既に幾度も見て来た光景だ。

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