第13話 公衆便所

 「なあ、自殺未遂の人」


 恭平を連れて来た少年が話しかけて来る。

 時刻は既に夜。恭平は大切な時間が近付き焦っていた。

 どこでまひるのラジオを聴こう。このこの共同体コミュニティはマトモな雰囲気だから一晩世話になるのは構わない。

 だが、恭平がラジオに話しかけるところを見られたくはない。

 

「自殺する気なんか無い、と言ってるだろ」


「……本気であそこに入るつもりなのか?」


 少年は恭平と同年代。一つ下くらいだろうか。髪を短く刈り上げ、スポーツマン風の容姿。真面目な顔でこちらに目を向ける。


「そうだ」


「……ここに残ってる連中はみんな……本当はあそこに入りたいんだ」


 それは昼間聞いた。長老と呼ばれた老人、彼は言っていた。


 あの辺りに儂の家が在ってな、長年連れ添ったかみさんがいる筈なんじゃ。放っておいて逃げる訳にもいかんのよ。


 どうやら現在のあの場所に家族を残した人達。あの中がどうなっているか分からない、と言う事は中で家族が生き延びている可能性もある。


 大学教授と名乗ってた輩は生きているモノは中には居ない、そう言ってたぜ。


 その言葉を老人に言う気に恭平はならなかった。当人だって分かっているのだろう。それでもわずかな可能性がある限りこの近くを離れる気にならない。



「キミは?」


 老人にキョウと呼ばれていたか。少年はまだ若い。

 恭平だって家族の事が気にならない事は無いが、親は親で何とかするだろうと思う。

 老人には未来が少ない。だから長年連れ添った奥さんの方がこの後の自分の生活より大事。

 まだ人生の半分も生きていない恭平にとってはそうではない。目の前の少年だって同じはずだ。


「……俺は……親父はあの時死んだけど、まだ母親があそこに居るんだ。

 それに…………」


「それに?」


 少年が言葉に詰まっているので、促してみる。


「何でもない。

 ただ、割と仲の良いダチもいる筈だと思ってるんだ。

 それだけさ」



 そろそろ時間だ。恭平にとって最も大事な15分間。


「すまん、ちょっとトイレに行ってくる」


「ああ、そっちの方に公園の公衆便所がある」


 少年は懐中電灯を持って、わざわざ案内してくれた。

 礼を言って恭平はトイレの個室に入る。


「20分ほどかかると思う。

 自分で戻れるから帰っててくれ」


「なんだ、大かよ。

 にしても長いな。

 水道は止まってるけど、近くの池の水で掃除してるからキレイなんだぜ。

 汚したら自分で洗ってくれよ」

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