第9話 響く声
自分を責めるな。
恭平は自分にそう言ってみる。
だって……俺は確かに逃げたけれど、女性を裏切ったりしてはいない。あの男どもに媚びへつらってもいない。
一瞬、媚びておけば……と考えてしまった。それは事実だけど、しなかったのだ。だから誰に責められる筋合いも無いではないか。
本当だろうか。たまたま裏切らなかっただけでは無いのか。
あの男達が、リーダー格の男の肌に見えていたタトゥーが怖かったから、だから男達に近付かなかっただけ。もう少し武闘派の連中が取っつき易ければ、どうだった。恭平、お前はそちらに着いていたのではないのか。
現在も考えているんだろう。
今からでも遅くない。
あのグループに戻って、頭を下げて見れば。楽しい暮らしが待っているんじゃないのか。
適当な事を言って、こちらを働かせて自分達は動こうとしない偉そうな連中を足蹴にして。
金や力を持ってる男にはすり寄っていくくせに、恭平には見向きもしない女達を自分の欲望のままにする。
そんな妄想を今でも頭の中で巡らせているくせに……
違う!
そんな事は無い。少し疲れてるだけだ。一人だけの生活に……
誰とも言葉を交わせない事に。
だから……おかしな事を考えてしまうんだ。
おそらく、あの頃の恭平は極限状態だったのだと思う。
自分を責める言葉を、自分を庇う言葉を一人でブツブツと呟き続けていた。
売り場に置いてあったスマホを反応しない事に苛立ち、投げつけた。テレビ画面が何も映し出さない事に腹を立て、巨大な液晶画面同士を衝突させた。
少しは残っていた自制心を働かせ、役に立ちそうな物を探し回った。炊飯器もポットも電気が無ければ何の役にも立たない。電池は有るって言うのに、何故IHコンロは電池じゃ動かないんだ。無用の長物を恭平は壊しまくった。
電池で動く物などMPプレイヤーやラジオ位。MPプレイヤーにはサンプル曲が入っていたが、知りもしない外国のアーティストの曲。一曲リピートで心慰められるのは僅かの間だった。
恭平はラジオなんてマトモに聞いたことは無い。
ネットラジオなら少しは。HPに埋め込まれた再生ボタンをタップすれば流れて来るヤツ。
地上波ラジオ……ってなんだ。周波数を合わせる……周波数ってまずなんだよ? そんな事知ってるヤツ、この世にいるのか。
説明書の見よう見まねでいじくる恭平の耳に飛び込んで来た。
「誰か……聞いていますか。
わたしはまひるです。
毎日この時間ラジオを放送しています。
聴いてくれているあなたは本当にいるんでしょうか。
いますよね。
いると信じてます。
あなたが……
キョウヘイくんが聴いてくれていると信じてます」
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