第3話 バラック

 既視感を感じて自転車を止めた僕に、何人かが手を止めて視線を向けた。その中から一人の青年がこちらに向けて歩いてきた。既視感を感じた理由だと思うが、まだ言語化できなかった。青年が僕に向かって話しかけた。


「宮本だよな?俺だよ、中学の時、同じクラスだった手島だよ。」


 そこでやっと既視感の原因が判明した。そうか、手島か。中学3年間同じクラスでよく一緒にテスト勉強や遊びに出かけたあいつだ。お互い別の高校に進学してから疎遠になったきりだった。


「あ、手島か!久しぶりだな、懐かしい、中学卒業以来だから、6年ぶりくらいだなあ。」

 

 会話に応じながら、彼の姿を改めて見直した。僕が知っている手島はスポーツ刈りで、目は小さく鼻も高くない丸い顔つき、肌が白く平均くらいの身長で肉付きがよくふくよかな印象だった。しかし、今目の前にいる彼は日に焼けた焦げ茶色の肌、耳や目が隠れるほどの長髪、顔や体からは脂肪を削ぎ落とし、かといって筋肉がついているわけでもない、ただやせ細っていた。わずかに顔の輪郭にその面影を感じさせる程度だった。僕は手島のあまりの変貌に言葉が続かず、口籠もってしまった。


「あ、いや、そうだよな。おれ、中学の頃に比べたらだいぶ変わったから...

驚くのも無理ないよ。ほら、前にさ、話したと思うんだけど、うちの父ちゃん、警察官じゃん。もう過去形なんだけど。3年前の...」

そこまで話した時、バラック小屋の扉が開く音が聞こえた。僕と手島は音のした方向をみると髪が薄く、前歯がない痩せこけた老人が一人、立っていた。老人は黙って僕らの方を睨みつけていた。

「ごめん、父ちゃんに怒られるから戻るわ、また来てくれよな。」

そう言って、手島は足早に小屋の方に入ってしまった。

 

 残された僕に対して、出てきた老人を含め、外に出ている何人かが睨みつけてきた。俄に居心地の悪さを感じて、僕は自転車に飛び乗り、ギアを最も軽くし、その場を後にした。


 谷からの上り坂で自転車を漕ぎながら、手島のことを思い出していた。性格は話した様子では変わってなかったが、見た目がまるで別人であった。言い方は悪いが前にみた途上国のスラム街にいるような風体だったし、周りの人間も同じような見た目をしていた。それにあのバラックから出てきた老人も引っかかる。手島は最後、あの老人のことを父ちゃんって言ってたからおそらく父親なんだろうが、中学の頃見せてもらった手島の家族写真に写っていた父親とはまるで別人だった。それに、言いかけた3年前ってなんかあったかな。


 坂を上り切った。すぐのところに十字路がある。ここをまっすぐいくと舗装がない獣道になりまた下り坂になり川原につく。バラック街から逃げ出すように休まずに坂を上ったので少し息が切れていた。十字路の角の部分で足をつけて息を整えようと止まった。ふと目の前を見ると、見慣れない真新しいコンクリートのビルがあった。ビルの屋上には国旗が旗めき、入り口には軍服を纏った人と戦車の描かれたポスターが貼られ、

「新時代の国防を共に担おう!」

「国家の防衛は名誉の職業」

とスローガンが書かれていた。ビルは国防軍の入隊事務所だった。

 

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ディビジョン しんぴん @shimpin

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