第35話 そんなことより聞いてくれ >>1よ



「知らない天井だ」


 言ってみたいセリフ最上位クラス。

 起きた瞬間、天井に意識飛ばないよね?


 布団に入ってからも眠気が来ずに見上げて天井の梁とか天井板の木目とか蛍光灯の型番なんかに意識が行くことはあっても、起きた次の瞬間に天井見た記憶ほとんど無いんですけど。


 目には入ってるはずなんだけど当たり前すぎて意識に上らない?




 なんだかんだ言ってるのは体が動かないからなんだ。


 すべて出しきった脱力感で行動力ゼロ、意識ははっきりしてるのに腕も上がらない、指も曲がらない。

 体を起こすどころか首の角度を変えるのも億劫。

 つい天井をぼーっと見てしまう。


 だる~んとしてたらアルファさんが戻ってきた。食事の用意ができてるようだ。


 行動力使い尽くして深く深い眠りを経て動けなかったのが、行動力1ポイントでも戻ってきたら一気に高速回復していくのが実感できる。



 アルファさんがワゴンで運んでくる感じを見てちょっと安心。

 下手に張り切りすぎて、朝食バイキングみたいな量を用意されても困る。


 並べられたのは、実に意外なものでした。



「おお~、これはすごい!」


 コンビニのサンドイッチと見知った大手メーカー品のカフェオレ紙パック。

 薄くやわらかい食パンとしゃきしゃきレタス、ハム・チーズの組み合わせが懐かしすぎて目頭が熱くなってしまう。

 甘すぎるカフェオレが胃と心に染みる。


 2つ目、たまごサンドもペロリとたいらげてしまう。




「追加お持ちいたしましょう」


「うん。それなんだけど『おにぎり』出せる?」



「『おにぎり』、ですか?

・・・ああ、これですね。」


 むむっ。この感じ、何かスキルを使ってるな!



「3つぐらい種類が違うの出してくれるかな」



 選ばれたのは、ツナマヨ・明太・昆布でした。

 うん、無難。だがそれがいい。



 不意打ちで来た10年ぶりのお米だけど、懐かしさと感動はさっきのコンビニサンドで持っていかれたかな。

 カフェオレとおにぎりは食べ合わせサイアクでしたー。


 次は牛カルビ弁当とか頼んでみよう。




「アルファは食べなくていいの?」



「ゴーレムなので食事は基本必要ありません。

 必要な魔力はダンジョン内にいるか魔石で補充できます。

 ここ、《箱庭》内でも補充できるようですが、これはご主人様の魔力を吸っている形と思われます。


 市井で不自然に見られるような状況などであれば口にしても問題はありませんが、そのまま捨てられるものと理解しておいてください」



「味はわかるものなの?」



「メイドですから。

 ご主人様がお気に入りになられた品の味を再現するために《分析》する能力は備えております。

 ただ食事が命に直結しない分、飢えや渇きが満たされる感動というものは薄いと感じますね」



「じゃあ食べ歩きデートみたいなことは楽しめないわけか」



「デート、楽しみたいですか?

 私はご主人様と共にいるだけで幸せですよ」









 冒険者ギルドに向かう。

 そろそろ朝のラッシュも過ぎて落ち着く頃合だろう。


 昨日はギルマスに報告するだけで逃げるように帰ってきたからな。

 納品とかいろいろ済ませたい。




 ギルドに顔を出すと、目が合ったベルラさんが慌てて受付カウンターから飛び出してきた。

 これは例の貴族の件でなにか『こちらに不都合な』展開にでもなったか?


 警戒して構えるけど、全く別の話だった。



「タイヘンなんです!

 『光の覇道』パーティーのティーキーさんがダンジョンで倒れられまして、昨夜未明、治療室に運ばれました!


 中級の状態異常回復でも治らなくてオジールさんも対策に走り回ってます。

 朝一で教会に行って、対応してもらえなければ『上級ポーション』の買い取り依頼を出すとか」



「中級で治らなかったのか、何やってんだか。

 結構深刻だな。

 

 一度お見舞いに顔出してみるよ」




 治療室に入ると、シャリアとピンスがいた。

 ということは、そこのベッドで寝ているのがティーキーかな。



「話は聞かせていただいた!!」



「「?」」



 シャリアピンがきょとんとしている。

 言葉にしたいセリフ第一位。すごくたのしい。



「ひさしぶり?

 元気にしてた?」



「見ての通りよ」


「うん、元気そうで何より」


「どこを見たら元気そうに見えるのよ」



「まあまあ、かけつけ1本行っとけって」



 リュックから、先日拾った上級の『状態異常回復ポーション』をシャリアに渡す。



「え? これって」


「元パーティーメンバーからのプレゼントさ」



 斜に構え、前髪をふぁさっとかき上げ前歯がキラリと光るイメージで。



「似合いません」


「毒舌だなあ」



 アルファさんから鋭い指摘つっこみが入る。



「ユージさん、そのメイドさんは?」


「ん、アルファ。先日からお世話することになった」


「アルファです。ご主人様ともどもよろしくお願いいたします」




「聞きたいことは山ほどあるけど、ポーションの代金は必ず用意するわ」


「いいよ気にしないで。それ、さっき拾ったやつだから」


「迷宮ドロップ品でも買い取りで金貨50枚、購入ならその倍。

 それだけの価値があるものなのよ」


「ボクがパーティーにいたときは遠慮なくバカスカ使ってたよね」


「パーティーの共用金だと思ってたのよ。

 盾役は怪我するのも仕事だし、実にいいタイミングで投げ渡してくれるし」




「そんなことより聞いてくれ >>1よ」


「「いち?」」



「ポーション代はいいけど、これ買わない? 金貨100枚」


 そう言って10層台あたりから取れるレベルの魔石を見せる。


「それは?」



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