その三「深山模型店の非破壊検査装置」

 深山みやま模型店には、二つの倉庫がある。

 一階店舗フロアと直につがっている第一倉庫と、地下にある第二倉庫である。


 かつて、異様なほど景気が良かった時代。現在の三階建ての店舗兼自宅を作る際に、下水道や水道管と干渉しないスペースが結構あったらしい。そこで、舞羽の祖父である深山源三朗げんざぶろうは、限られた土地を有効活用すべく地階を作ることにした。


 しかし、それは表向きの事情というやつだった。


 舞羽も詳しくは知らないが、源三朗は元々別の商売で財を成しおり、当時は模型以外の品物も扱っていたらしい。言うなれば、模型店は表向きの〝看板〟で、別途倉庫が必要になるほど手広い商売をしていた、ということになる。

 源三郎はそうした過去については言を左右にして語ろうとしない。ただ、ひとつだけたしかなことは、好景気に乗じて広げた商売から手を引くタイミングも的確だったことである。


 もっとも、本人に言わせれば「好きが高じて始めたとはいえ、本業を選び間違ったかもしれないね」となるらしいが……。


 閑話休題それはさてき


 地下室を含む深山模型店の建築工事に立ち合ったのが、地権者であるきすかの両親だった。消防法及び耐震対策その他の厄介な課題をクリアできる業者を紹介することを条件に、倉庫の一角を間借りする契約を交わしている。


 この契約を有効活用したのが他ならぬきすかである。相次いで早逝した両親の跡を継いで地権者としての役割を任されるようになると、宙に浮いていた契約に手を付けたのだった。





 舞羽は、きすかが台車を店の奥へ運んでいる間に、鍵が三つ繋がった鍵束を手に戻ってきた。店番は祖父に代わってもらったそうだ。


 深山模型店の一階。店舗フロアの裏側は、スーパーなどの量販店のバックヤードに似ている。模型メーカーのロゴと商品名が記されたダンボールが積まれており、奥はよく見えない。ダンボールと店側の壁との間に、ひと一人がようやく通れるほどの通路が形成されていた。


 台車をぶつけないようにしながらそろそろと進んでいくと、下半分が二段式のシャッターになった壁に突き当たる。


 舞羽が鍵束から長い鍵を手に取ると、側面の鍵穴に差し込んだ。そのまま右に回す。ロックが解除されると同時に電源が入り、ごとんと重量物が揺れる音が響く。二段式のシャッターを開けると、積載スペースがぽっかりと口を開けていた。


「それじゃ、ダムに入れちゃってください」

「了解~。よいしょっと……と!」


 ダムというのは、図書館などで使われている貨物用小型エレベーターのことである。深山源三朗は、地下倉庫の在庫整理や重量物を上げ下ろしするために、当時でも相当高額だったダムを導入していた。


 舞羽は台車が奥まで入っているのを確認すると、シャッターを閉めて「下」のボタンを押した。そして、二つ目の鍵で横の扉を開けた。

 意外と広い階段の踊り場が現れる。途中で折り返して地下に降りる構造で、上へ向かう階段もあった。


「ところで」


 階段を下りる際には扉を閉めるので、声と足音が反響する。ダムがあるのにひとが乗れるエレベーターが無いのは謎である。


「倉庫にあると言うよりは、倉庫の一角そのものという気がしますね」

「せっかくもらったのに、ろくすっぽ使ってなかったから丸々使ってみただけよ」

「子どもの頃はここに入れてもらえなかったから、あんな物があるなんて思っても見なかったなあ」

「舞羽ちゃん。あなたが子どもの頃は、私も十分子どもだったわよ」

「あ、そりゃそうですよね。あはは……」

「私をなんだと思っているの」


 そうこうしている内に、地下一階の扉が目の前に現れた。

 舞羽が鍵を差し込んで開錠かいじょうし、すかさずドアストッパーを下ろした。


 さて、深山模型店第二倉庫である。

 最低限の換気用の空調が動いているのみだが、それでも十分涼しかった。少しほこりっぽい空気が鼻をく。

 勝手知ったる他人の我が家とばかりに、きすかは照明のスイッチを次々に点灯位置へと跳ね上げていく。


「半分だけにしてくださいね」


 舞羽は壁面のシャッターを開け、台車をダムから引き出した。


「そのつもりよ。……と、左の奥だけは全灯にするわよ」

「あ、そうしてください。あそこ、暗いと恐いし」

「はいはい」


 蛍光灯に照らされた倉庫内は、天井と床に固定された棚に心なしか色褪せた模型の箱が詰まっていた。ところどころに『戦闘機/大戦機』とか『自動車/競技車』といった具合に分類の札が下がっている。

 唯一、『通販在庫』の棚のみ真新しい箱が置かれていた。

 管理している人間の生真面目さがにじみ出ている景色だった。


「少し減った?」

「あんまり。たぶん、通販分をまとめるのに整理したからそう見えるのかも。あ、でも、最近通販に『あります』って載せると意外と出ますね」

「古いのじゃないと無いキットとかってあるの?」

「物に寄りますけど、そういうのは完全にレア物扱いですね。ときどき昔からの常連さんの問い合わせがあるので基本在庫してます」

「で、舞羽ちゃんも自分のお給料注ぎ込んでいたり?」

「まあたまに」


 舞羽は苦笑すると、鍵束をきすかに渡して先を譲った。

 向かって左側へ進んでいくと、棚の代わりに壁が一角を占めていた。

 そこには、天井まであるコンクリートの内壁があり、正方形の小部屋を形成している。小部屋自体が柱になっていると言えなくもない。


 舞羽が台車を押していくと、きすかの頭越しに部屋のドアが見えた。

 大きな取っ手が付いた鉄扉てっぴには、黄色い長方形の中に赤紫で三つの台形が円を囲ったマークが記されている。

 ゴシック体での表記は『エックス線非破壊検査室』とあった。

 要するに、レントゲン室なのだが、きすかは医師でも医療放射線技師でもないので、撮影室は構造的に物体撮影しかできないようになっている。


 きすかは受け取った鍵で開錠すると、入り口脇のスイッチで照明を点ける。そのまま鉄扉を押さえ、舞羽が台車を部屋の中に運び入れるのを待った。

 部屋の奥には液晶ディスプレイが置かれたパソコンデスクがあり、キーボードとマウスは引き出し式のスペースにある。本体のデスクトップパソコンは、デスクの下に設置されていて、複合機プリンターのような機器と繋がっていた。


「いいですよ」

「おっけー」


 ちなみに、物体撮像さつぞう限定とはいえ、個人でレントゲン撮影を行うため〝最低成人二人で行うこと〟という条件がある。これは、きすかの周辺環境を加味した上での認可なので、大学の研究室などではまた話が変わってくる。

 個人の手に余る装置をどこから入手したの気になる舞羽だったが、きすかは「研究費削減で閉鎖された某所よ……」以上のことは話さなかった。

 何やら面倒な事情があるらしい。それ以上追及していないが、当のきすかに言わせれば「源三朗さんの過去ほどじゃない」だそうである。


 舞羽が台車を運び込むと、背後でドアが閉じた。

 ほぼ完全な密室なるが、そうではないと意味がない。

 壁のコンクリートは当然のこと、鉄扉は鉛が含有がんゆうされておりエックス線を透過しないようになっていた。

 きすかは装置のマスタースイッチをオンにする。




 撮像はスムーズに進んだ。

 きすかと舞羽は、液晶ディスプレイに映し出された写真を眺めていた。

 撮影は二回。それぞれ暫定的に前と右と決めた二面を写したもので、いまディスプレイに投影されているのは後者の右側面だった。


 中央に鳥らしきシルエット。これが本体だろう。その周りをつぼのような影があり、さらにその周りを粘土層が取り巻いていた。

 粘土層の厚さは最大が九センチで最低が五センチほど。削り出し作業するだけなら十分な情報だった。


 おおむね予想通り物が写っていたが、予想外の物も写っていた。


 壺のような影の内側、御神体のすぐ近くに縦長の影があった。

 ラムネの瓶みたい、という見解は一致したものの、なぜそんな物が写っているのか——御神体らしき石像と一緒に入っているのか——はわからない。

 よく見るとその中にも影が見えるのだが、写真だけではなんとも言えなかった。


「どう思う?」


 きすかが訊いた。


「取り出してたしかめるしかないと思う」


 舞羽はそう答えて、


「本体の位置はわかったので、別の角度から撮ってみます?」


 思い出したように、そう付け加えた。


「うーん、イメージングプレートは再利用できるけど、これってお試しで撮ったわりには運がいい結果だしね。なにしろ重いし」


 イメージングプレートは、輝尽性きじんせい発光体を塗布した板状のX線検出装置であり、撮影後はコンピュータで読み取ることができる。再利用が可能なため、多くの医療機関や研究機関では写真乾板から置き換わっているのが現状だった。

 撮影機のそのものは従来の機材でも対応できるため、決して新しいとは言えないこの機械でも使えるのはそうしたわけである。


「舞羽ちゃん」

「はい」

「御神体を取り出す作業は、このデータだけでもできます?」

「はっきり形が見えるので、私でもやれると思います」

「よし。じゃあこれでお願いするわ」

「はい。——って、私がやっちゃっていいんですか?」


 舞羽は「一応御神体に触れる作業なので……」と不安げな顔を見せたが、きすかはあっけらかんと言ってのけた。


「ああ、それなら問題ないわよ」


 これを見越して、事前に神職や僧職の人間に相談したところ「地元の人間が手を下すのが一番良い」と口を揃えて言われた上、管理者たっての希望だという。


「そうなんだ。で、管理者さんは誰なんです?」

「私」

「きすかさん……」


 舞羽は目を細めてしまったが、彼女はこういう人である。いまさら気にしても仕方がない。ひとつ息を吐いて気持ちを入れ替える。


「わかりました。んと、いざとなったら学生時代のコネも当たってみます」

「だったらまず源三朗さんに相談してみればいいんじゃないの?」


 何気なく言ったきすかの言葉に、舞羽はきょとんとした顔を見せる。


「お祖父ちゃんに、ですか?」

「そう」

「んー……。どのみち話すつもりでしたけど、そうですね。一度見てもらってみます」

「よし。それじゃあ、やっぱあと二枚、後ろと左も撮ってみよう。相談してから必要になったら困るし」

「また往復しなくちゃですからね」


 舞羽は部屋の脇に置いた台車を見やる。


「あ、それと舞羽ちゃん」


 早くもイメージングプレートを手にしていたきすかが、撮像機械越しに声をかけた。


「ちゃんと仕事でやってね」

「もちろんそのつもりですよ」


 ほんの少し心外だ、という気持ちを込めて舞羽が言うと、機械の裏からきすかが顔を出してきた。


「あ、ごめん。仕事ぶりのことじゃなくて、ちゃんとお金取ってね、って意味で言ったのだわ」


 右手の親指と人差し指で円を作る。舞羽は心から同意し、人好きのする笑顔で応じた。


「よろこんで」



     ◇  ◆  ◇



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