その二「封印されし御神体」

 話はおおよそ大正初期、一九一〇年代までさかのぼる。

 いまはほぼ全域が暗渠化あんきょかされている谷端川が地上にあった頃、この付近の電信柱が虫害を受けたことがあった。

 電線が普及したばかりの頃の、電信柱をはじめとした電柱が木でできていた時代ならではの出来事である。


 そんな折、キツツキの群れがやって来て、虫をことごとく追い出したという。穴だらけになった電信柱は、キツツキに〝引っ越し願った〟後にあちこちに開いた穴をセメントで塗り込めて補強・修復されたのだった。


 これにちなんで、キツツキ様としてまつられることになったらしい。


 キツツキ様の由緒についてはともかく、当時の電信柱がコンクリートによる補強を受けていたのは事実だった。現在の鉄筋コンクリート製のものに交換する際の記録と、もう数えるほどになってしまった当時を知る人間の証言がそれを裏付けている。


 太平洋戦争時の東京大空襲でも、コンクリートで補強されていた電信柱は燃えにくかったという。


 キツツキ様のお社は、戦中の被災による混乱と戦後の復興に勤しむ時の流れの中で、いつしか記録と林立していく建物に埋もれてしまった。そして、住民の記憶からも忘れられていったのかもしれない。


 建物の林立については、路地が多く一区画の面積が限られている土地ならでは必然で、現に深山模型店の敷地も長方形ではない。変な出っ張りがあり、一部は隣の建物と共用通路になっていた。

 また、北谷端通り商店街にはいわゆる歴史的な建物はない。そのため景観維持に努める必要がなく、街並みが変わりやすいことも関係しているだろう。


 実際、ここ十五年ほどの間に典型的なシャッター街だった北谷端通り商店街は、商店が点在する住宅街へ生まれ変わっている。


 こうした背景事情と照らし合わせてみると、


 ——百年に届くか届かないか程度の根拠の曖昧な民間信仰は、地主が消えると一緒に消える。


 という身もふたもない話になるのだった。


「よく記録を見つけましたね-」


 舞羽はカウンターに肘を着いて相槌を打った。


「空襲についての記録は、アメリカの公文書と照らし合わせた記録を国と都、それから区が作っているから、それほど手間じゃなかったわよ。キツツキ様については、ちょっと大変だったけど」

「うーん、でもそっちはなんか胡散うさん臭いというか、嘘みたいな話ですね」

「ほんとにほんと、嘘じゃないよ」


 珍しく強調するきすかに、


「いやいや、疑っているんじゃなくて、そういう話が本当にあるんだなあって思っただけです」


 舞羽は両手をひらひらと振ってみせた。


「それで、相談って言うのはもしかして……」

「もしかしなくてもご想像の通り。これって、中に本体が埋まっていると思うんだけど、舞羽ちゃんはどう思う?」


 そう言って、きすかはiPhoneの画面を〝土の塊らしき物〟の写真に戻した。 


「どうって言われても……」


 舞羽はあらためてiPhoneの画面を見て、考えを巡らせた。

 きすかは方々にコネを持ってはいるが、あまり話を広げたがらない。単純に身近な人間の意見が聞きたいだけ……。たぶん、それが本音だ。

 とはいえ、


「うーん、これはちょっと実物を見てみないと……」


 舞羽に言えるのはそれくらいだった。


「そう言うと思って」


 きすかは店の入り口の方を指さした。


 でん!


 そんな音が聞こえた気がした。


「持ってきた」


 自動ドアの外。センサーの死角に当たる部分に、写真と同じ〝土の塊らしき物〟が乗った台車が置いてあった。


「最初からそれを見せてくれればいいのに~」


 舞羽は思わずカウンターに突っ伏す。


「そのつもりだったんだけど、なーんか深刻そうな顔しているから、ちょっと前置きが必要かなって」

「前置き長過ぎです」

「前奏長いは褒め言葉です」

「それは違うと思います」


 などと言いつつ、二人は外に出た。




 積まれている〝土の塊らしき物〟に対して台車が大きいので、土埃が落ちる心配はないだろうが、外に置いて来たきすかの気遣いがちょっと嬉しかった。


(高さは三十センチくらい。底辺そこの直径は二十五センチくらいかな)


 定規や巻き尺を使わなくとも、これくらいの見当は付けられる。問題は、〝土の塊らしき物〟がいったいなんなのかということだった。


「触ってもいいですか?」

「もちろん」


 舞羽はハンカチで手汗をぬぐうと、表面をなでてみた。

 想像していたよりも表面がしっかり固まっている。ざらりとした感触と埃っぽい臭いがした。


「一応、掃除だけはしておいたわ。と言っても、どの程度の力を込めていいかわからなかったから埃を払う程度だけど」


 舞羽はうなずいたものの、黙々と〝土の塊らしき物〟の表面を触ったり顔を近づてじっくり見たりしている。あまりにも集中しているため、髪が地面に着きそうになったときは、きすかがそっと押さえたほどだった。

 しばらくそんなことをしていたが、


「きすかさん。さっきの話が本当だとしたら、キツツキ様がどんな形だったとしても、〝これ〟そのものじゃないですよね」


 疑問形だが断定調でそう言った。


「それは、この土みたいのは別物だって意味?」

「そうです。もしこれが御神体だとしたら作りが雑すぎますし、経年劣化の線で考えても不自然ですから」

「なるほど」

「あと、さっき空襲についての話がありましたけど、たぶんお社の方は一回焼け出されていると思います」


 舞羽は〝土の塊らしき物〟の下方を指さした。


「この辺の黒っぽくなっているところ。ここだけ他より堅くて。たぶん、熱にさらされて硬化したか、焼けた木材が当たって炭化した跡だと思います。というわけで、ちょっと削っても良いですか?」

「相変わらず、さらりと大胆なことを言うわね。いいけど」


 きすかの了承を得るや否や、舞羽はいったん店内に取って返し、軍手をはめた両手に道具を携えて戻ってきた。右手に大きな木工用ヤスリ、左手にドライバーらしき道具をそれぞれ逆手に持っている。木工用ヤスリは、ぱっと見短剣ダガーのような見かけをしているので、逆手に持っていると妙な迫力があった。


「ドライバーをそういうことに使っちゃっていいの?」

「これはきりです」


 舞羽が「ほら」と見せた道具は、なるほど持ち手はドライバーに似ているが金属製の本体はドリルと同じ螺旋らせんが刻まれていた。


「じゃなくて、ヤスリの方」

「木工ヤスリは、石膏せっこうや粘土を削るのにも使う物だから大丈夫ですよ」

「なるほど」


 きすかがうなずくと、舞羽はヤスリを順手に持ち替え、表面のカーブに沿って当てた。何度か繰り返すと、削られた粉と樹皮のような大きな欠片が落ちる。


「ん? ずいぶん慎重ね」

「表面ががっちり硬化しても、中がそうじゃないことはあるので……あああ、キャスト成形で配合と時間見積もり間違えったことを思い出しました。あのときはもう散々な有り様で、もうショックで、しかも気づくのが遅かったから——」

「舞羽ちゃん、いまに戻ってきて。現在に戻ってきて! なーう!」


 きすかは思わず舞羽の両肩をつかんでいた。さすがに揺さぶったりはしないが、そうしたい心境だった。


「あ、はい。えっと、行けそうなので少し探ってみます」


 正気の目になった舞羽は、ヤスリを錐に持ち替えた。ヤスリで削った部分に錐を突き立てる。最初こそ抵抗はあったものの、回転に合わせて先端がじわじわと沈み込んでいった。

 錐の先端が飲み込まれたところで力を緩め、逆回転でゆっくりと引き抜く。


「ふう……」


 舞羽が大きく息をついた。力加減が難しかったのか、ひたいには汗がにじんでいた。


「かなりぶ厚い……。加減がわからないからやめときましたが、これは思い切って割ってみるしかないんじゃないかな? 少なくとも〝これ〟はひとかたまりのなにかって感じじゃないです。塗り重ねてある感じ」

「ふうむ」


 きすかが見てみると、〝土の塊らしき物〟には小指ほどの穴が穿うがたれていた。


「じゃあ、この土みたいのはなんなの?」

「削った感じからすると石膏粘土っぽい……でも、かなり硬いし耐火粘土っぽくもあるんですよね。さっきの空襲の話で思いついたんですけど、当時誰かが防火対策にやった可能性がありますね」

「で、その誰かも忘れたか、なにか事情があって取り出せなかったかで、いまのいままでこの状態だったと」

「たぶんそんな感じだと思います」

「ともかく、これで中身を取り出そうと掘っていったら、空っぽだったというオチはなくなったわけね」


 明るく言うきすかに、舞羽はちょっと困った顔をした。


「もし想像通りだとしても、厚さがわからないから手探りでやるのは危険かも。それに、やっぱりなにもなかったって可能性も十分にあるので、そう言い切っちゃうのはちょっと……」

「骨折り損のくたびれもうけ?」

「あるいは取らぬたぬきの皮算用」


 苦笑のお見合いになるかと思いきや、きすかは微笑を浮かべていた。


「だから、ここに持ってきたわけ」


 首を傾げる舞羽に、きすかは意味ありげな笑みを向けた。


「ここの倉庫にはアレを預けてあるじゃない」



     ◇  ◆  ◇



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