第30話 外伝~友人Aは空気を読む➅~

合コンが始まる、数時間前のこと——。


「旭ー!! この通りだ、頼むー!!」


帰宅しようとしていた旭と空井の元に、同学年の男子が四人。土下座をせん勢いで頼み込んでいた。


「だから……その話は断っただろ」


旭は本当に嫌そうな様子で言う。


「――どうしたんだ?」


するとそこに、日向がやって来る。


「よっ、ヒナちゃん!」

「オッス、空井」

「陽太が合コンに参加して欲しいっていう交渉されてる真っ最中」


空井に話しを聞いた日向は、「えっ!?」と驚きの声を出す。


「オイ、ちょっと待った!!」


すると日向が陽太に頼み込む男子達の元へと、勢い良く飛び出した。


「旭を合コンに行かせるワケにはいかないな!」

「ひっ、日向!?」

「どうして!?」

「何故、俺達の邪魔を!?」


日向の妨害に、驚愕する男子達。


「旭には好きな奴がいるんだ! だから、合コンで良く知らない女子と仲良くする気なんてさらさら無いんだよ!!」


そして、日向の爆弾発言に。男子達四人だけでなく、旭と空井も硬直してしまう。


「ひっ、日向……なんで……」

「ひっ、ヒナちゃん!! そんなこと、簡単に他人に言うのはどうかと……」

「けど、好きな奴いるのに。合コンなんて行ったらダメだろ!」


日向は心の中で、そういう展開。BLであったな~、とニヤニヤした。


「そっ、それは確かに……」

「そうだけど……」

「でも、女の子側に旭の写真送っちゃったんだよ~」

「『こっちもイケメン揃えるから、そっちも美人よろしく~!』って」


必死に訴える男子達。


「……いや、勝手に陽太の写真流出させるなよ」

「プライバシーの侵害だろ。旭、こいつら訴えれるんじゃね?」


空井と日向が言う。


「あっ! じゃあさ、はい! 俺が参加する!」


旭を庇いながら、挙手をする空井。


「えっ、いや……でも……」

「イケメンが必要なのであって……」

「空井じゃ、ちょっと……ねぇ……」

「確かに俺はイケメンじゃねーけど、その反応普通にヒドくね!?」

「いやいや!! 空井は俺達よりはイケメンだと思うよ? オシャレだし、話しやすくて面白いし」

「ただ、旭と比べると……なあ?」

「それは、確かに……」


男子達の言葉に、空井は何とも言えぬ表情で納得しながらも。


「けど、陽太はぜっっっっったいに参加出来ないんだし。このままじゃ、一人足りないんだろ?」


そう空井は続け、男子達も「それは確かに……」という表情をする。


「と、いうワケで。引き立て役兼、盛り上げ役として俺が参加するってことで良いよな!」


  ***


そんなこんなで、旭の代打で合コンに参加することとなった空井であったが。予想外の出来事が、彼を襲った。

まず一つは同郷で、元同級生の山瀬が合コンの参加メンバーであったこと。そして、もう一つは……真壁が参加していたことであった。


(メガネしてなくて、いつもと全然雰囲気違うけど……アレ、真壁ちゃんだよね?)


“まり”が真壁であることには気がついてしまったが、何となく。彼女が自身の存在を極力目立たないようにしている素振りがあったので、空井は気がつかないフリをすることにしたのだ。


(真壁ちゃん、元々メガネ取ったら可愛いとは思ってたけど。やっぱり――)


そう思ってから、まともに真壁の顔を見ることが出来ずに。空井は思わず視線を伏せる。


(まっ、真壁ちゃんは、俺の方からちょっかい掛けなければ多分大丈夫だとして……問題は――)


空井は山瀬を盗み見た。

彼女とは高二高三と同じクラスであったが、あまり良い印象の残らない人物であったからだ。

物言いは高飛車で、自分が優位でなければすぐに機嫌が悪くなり。発言も自分本位で、空井はよく。聞こえる声で陰口を叩かれてもいたのである。

なんとかバレないようにやり過ごそうと思っていたのだが、ことはそう上手くいかず。


「――ってかさ……アンタ、空井だよね? 空井英樹」


と、山瀬は空井にあっさり気がついてしまったのだ。


「やっぱり! そんな気がしてたけど、最初全然気付かなかったわ! ガリ勉地味メガネだった空井がどうしたの!? 髪明るっ!!」


言われたくない言葉が、次々と山瀬の口から放たれる。


「えっ、ねえねえ! てか知ってる? 空井って、今はこんな陽キャ気取ってるけど。昔は友達一人も居なくて、休み時間もずーっと勉強してるような暗い奴だったんだよねー!」


やめてくれ……空井は笑顔を貼り付けたまま、心の中で言った。


「確かに! アンタ成績良いだけで、何にも面白くない奴だったよね! クラスでも“空気”扱いだったし!」


もう、黙ってくれ……表情を変えぬまま、テーブルの下に隠した両掌を強く握り締める。


「正直、居ても居なくても。皆、気にしてないってか。教室居ても、気付いてすら無かったんじゃ――」


――バンッ!!

折れそうになる心を、何とか無理矢理立たせていた空井の耳を。盛大な打撃音が突く。


「その話、面白いの?」


テーブルを思い切り叩き付けた真壁が、冷淡な声で言い放った。


「こんな詰まらない話しを、あと五分以上でも聞かされるの?」


視線を向けた先の真壁は、いつもと違う女子らしい魅力的な格好で。凛々しく頼もしさをも感じる強い表情をしていた。


「まっ……」


思わず“真壁ちゃん”と言い掛けながら。


「万里ちゃん!! おっ、俺は全然大丈夫だから!! そんな怒んないで……」


と、静止を掛ける。

彼女に、これ以上自分のことで気持ちを乱し。迷惑を掛けたくなかったのだ。

しかし、そう言った空井に。真壁が向けた視線は、彼に対して批判的な冷たいものであった。


「なんか、ごめんなさいね。空気悪くしちゃって」


真壁の視線は、空井にとって正直。山瀬に浴びせられた言葉などより、よっぽど堪えた。


「私はこれで失礼します。あとは皆様で、ごゆっくり」


店をあとにしていく真壁の背中を、空井は呆然と見つめる。


「あー、ごめんね……私の友達が……」


真壁が去ったあとも、冷たい空気が重く漂う中。瑞野が口を開き。


「なので、私もこれで失礼するね! じゃっ!」


と、真壁と同じようにお金を置いて。そそくさと席から立ち上がるのであった。


「あっ――」


そこで、空井は我に返り。


「待って!」


慌てて瑞野に続いて立ち上がる。


「あっ、これ……」


すぐさま、瑞野を追いかけようとしながらも。一度立ち止って、自身の財布から一万円を抜き。真壁と瑞野が置いていった千円の束を手に取った。


「俺と、あの二人の分! じゃっ!」


と、言い。二人の後を追いかけていくのだった。


  ***


「——ごめんね、万里。くだらないことに付き合わせちゃって」


誰も居ない、小さな公園のブランコに座る真壁に。瑞野は自販機で買ってきたジュースを差し出す。


「ううん……私の方こそ、空気悪くしちゃってごめんね」


真壁は店をあとにしてから、瑞野に自身の居場所をメッセージで送っていたのだ。


「大丈夫大丈夫! 元々、山瀬さんの所為で空気は最悪だったから」

「あの人、いつもああなの?」

「最悪なことに、気が付いてないのは本人だけなの」

「ヤダ、ホント最悪」


真壁がそう言うと、二人は同時に笑い出した。


「そういえば、万里の知り合いって。空井君?」

「そう。良く分かったね」

「まあ、知り合いだから余計に怒ったのかな~って」


すると、瑞野はニヤリと笑いながら少し顔を真壁に近づけて。


「もしかして……実は気になってる人とか?」


と、尋ねる。


「全然、そんなんじゃなくって。割と良く話す、ただの同期生」

「なーんだ、つまんないの~」

「けど、なんだろう……恋愛感情じゃないんだけどさ。人としてというか……友達? として多分、好きなんだと思う」

「ふ~ん、そっか」


瑞野は面白半分な笑みを止め、穏やかな笑顔を浮かべた。


「万里が日向以外の男子のこと、そんな風に言うなんて珍しいね」

「テスト前に、勉強教えて貰ったことあるんだけど。凄く分かりやすくて、教え方も優しくて丁寧だったんだ」


今思えば、派手な格好をした空井があんなにも教え方が上手かったのは。高校生の頃に、「ガリ勉」と揶揄される程に勉強に熱心であったがゆえであったのかもしれない。


「なんか、だから……なんていうか、その……」


真壁は空井に対して、恋愛的な好意はない。けれど――。


「空井君って、なんか控えめというか……あんなチャラ男な恰好してるクセして、全然強引じゃないし。空気読める感じだし、良い奴……なんだよね……」


だからこそ。自分自身を馬鹿にされていたにも関わらず、笑って誤魔化そうとしていた空井に。真壁は、なんだかムカついてしまったのだ。


「良い奴が、あんなこと言われたらムカつくじゃん! なのに、ヘラヘラ笑っててさ……」

「良い奴だから、流してやり過ごそうとしたんじゃない?」

「そうなんだろうけど、けどあそこはやっぱ怒るべきじゃない⁉」

「あんな馬鹿正直に怒れる人なんて滅多にいないってば! つーか、万里だって自分が言われたなら何も言い返さずに流すでしょ?」

「まあ、そうかもだけど……」


瑞野の正論に、真壁は一度口ごもるが。瑞野から貰ったジュースをあおり、プハっと缶を口から離してから。


「けど、やっぱ! あんな良い奴が馬鹿にされるのは我慢出来ない!! 山瀬超ムカつくっ!!」


と、声を荒げるのであった。


「何ただのリンゴジュース、酒みたいに飲んでんだよ」

「ノリだよ、ノリ!」


そう言いながら、笑い声を静かな公園に響かせる真壁と瑞野。

そんな二人の様子を、空井は彼女達から見えない公園の入り口近くで。一人静かに立ち尽くしながら、聞き耳を立てているのであった。

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