第24話 外伝~ひまわりの眼差し④~【完】
瑞野との会話を盗み聞きした出来事をきっかけに、日向は真壁と急速に接近した。
けれど、それはクラスメイトの域を出る程の仲ではなく。せいぜい、次の授業のこと等について質問したりする程度だ。
「日向さ~、最近。真壁と良く話すよな~」
しかし、それでも他のクラスメイトには目聡く指摘されてしまう。
日向は自身に擦り寄ってきた久坂部に、呆れた表情を浮かべた。
「良く話すっていったって、ほとんど大したことない必要事項なんだけど……」
「それでも~! 俺や他の男子よりはメッチャ話してんじゃ~ん!」
「そうなのか? 真壁は別に、自分から絡まないだけで。話し掛けたらしゃべるだろ?」
不思議そうな顔で言う日向に、久坂部は首を振る。
「いやいや~、俺が話し掛けてもスッゲー素っ気ねーよ?」
「えっ、そうなのか?」
「ああ、俺が移動教室の時。『一緒に行かない?』って誘っても、『いえ、大丈夫です』って断られたわ~。しかも、若干距離取られて怯えられてる感じでさ~。ショックだったわ~」
そう言いつつ、久坂部はお茶らけた様子で。そこまでショックを受けている……という印象は受けなかった。
いや、本当は口調よりもダメージを受けているのかもしれないが。表には出していないだけなのかもしれない。
「真壁、俺には脈なしっぽいから~。日向、お前に譲るわ!」
「はあ? 久坂部、お前何言って……」
「なんか良い感じじゃん~、日向と真壁!」
久坂部は、笑みを浮かべながら日向の肩に手を回す。
「そんなんじゃ――」
「頑張れよ! 日向!」
顔を赤らめながら否定の言葉を述べようとした日向を遮り、久坂部は親指を立ててエールを送るのであった。
***
頑張れよ、って……俺と真壁は、そんなんじゃねーってのに……。
学校で久坂部に言われたことを思い出しながら、日向は帰宅路を歩く。
(けど、確かに。真壁が他の男子と話してんの、見たことねーな……)
最近では、瑞野のお陰で。真壁はクラス内の女子と絡む機会が増えてきていた。
昼休み、昼食をとる際には。他クラスに居るという、中学校からの友人の元へと行く日課は変えていないが。それ以外での休み時間や、移動教室への移動中はクラスの女子と話しているのを日向は目撃していた。
(瑞野との件で、真壁も大分クラスに馴染んだな……)
一番後ろ、真ん中の列の席。そこに視線を移しても、もう一人黙々と本のページに目を落とす真壁の姿はなかった。
(まあ、その分。真壁がBL読む時間削られたかもな……いや、読んでたの、BLかどうか知らねーけどさ)
BLか……マンガサイトで「俺専属のケダモノ君」を読んでから、日向のマイページには数多くのBL作品が表示されるようになり。彼はまんまと自分の趣向にあった物語をオススメされて、現在の隠れたブームとなっていた。
(本屋でこの前読んだBL漫画買おうかな……でも、男が買うのはハードルが……その前に、BLコーナーに足を踏み入れることすら恐れ多いんだよな……)
歩きながら、一人悩み始める日向。
(けどなぁ……気に入った作品は紙で欲しいんだよなぁ。電子と冊子だと、やっぱ作者の趣向を凝らした見開きページの生かし方とかが違うから――)
本屋の
書店の入口には、丁度。一組の男女が扉を潜るところであった。それは、真壁と背の高い見知らぬ男子。男子の着ているのは学ランで、真壁と日向とは違う学校のようだ。二人は何やら言葉を交わし合い、仲睦まじい様子であった。
日向は、二人の背中が自動ドアに消えていくのを見送ってから。そっと、その場を後にした。
***
なんだ……俺だけ特別とか、そういうことは無かったのか……。
日向の胸には、モヤモヤとした気持ちが渦巻き。それを晴らす術が分からぬまま、思考を囚われ続けていた。
(久坂部の言葉なんて、当てにならないな……って、なんで俺。こんなに悩んでんだろう。別に、真壁が誰と付き合ってたって俺には関係な――)
しかし、そんな思いとは裏腹に。日向は翌日、教室にて。真壁の姿を目で追い掛けてしまう。
「――日向君、どうしたの?」
すると、日向の顔を。真壁が覗き込んでくる。
「えっ!? どっ……なっ、なんでっ!?」
「いや、燃えるゴミの袋持ってボーっとしてるから」
真壁にそう言われ、自身が今。真壁と共に、教室の掃除が終わった後。ゴミを捨てに、校舎裏にあるゴミ捨て場へとやって来ていたことを思い出す。
「あっ、ああ!! 悪い悪い!!」
真壁の言葉に我に返った日向は、慌ててゴミ袋を指定のポリバケツのゴミ箱へと入れる。
「どうしたの? 今日、なんか妙にボーっとしてない?」
「えっ、いや……その……」
まさか、真壁のことで頭を悩ませている等と。当の本人には言えず、日向は口ごもった。
「き、昨日! 漫画読んでて寝不足なだけ!」
そして、苦し紛れな言い訳を放つ。
「へぇー、日向君って。どんな漫画読むの?」
真壁の何気ない問いに、日向は身構えた。
なんてことの無い、自身の話題から花開いた自然な会話の流れだ。
なのに、何故こんなにも緊張を帯びてしまうのか……そう思った時、日向は小学生の頃。自身が愛読していた漫画ジャンルを笑われた出来事が脳裏に過ぎる。
「私も、漫画好きなんだ!」
すると、日向の返答を待たずに真壁が言った。
「けど、多分。日向君に言ったら、引かれちゃうようなジャンルだけど」
薄く笑いながら、真壁は続ける。
「ただ好きなだけなんだけど、マイナージャンルだと。たくさんの人には理解されないんだよね……まあ、面白さを知っては欲しいと思うけど。理解して欲しいって思ってないから良いんだけど」
でも……と、彼女はさらに言葉を紡ぐ。
「
そして、笑顔を向けた。
その笑顔に、日向は自身の体温が上昇したのを感じ取る。
「……真壁は、さ」
日向はぎこちなく、口を開いた。
「あんまり男子と話してるの見ないのに、俺とは普通にしゃべるよな……」
本当に尋ねたい疑問は他にあったのだが、思わず口走ったのはこの質問であった。
「ああ……私、ちょっと……いや、正直かなり男の人苦手で……必要最低限の関わりしか、あんまり持ちたくないんだよね……」
詳しくは話してくれなかったのだが、真壁は幼少期に。あまり男性に対して良くない思い出があるらしく、その影響で男子に警戒心が強く出てしまうのだとか。
「女子高に行こうとか思わなかったのか?」
「考えたけど、調べてみたら私の家から遠いし。私立しかなかったから」
真壁の返答に、日向は「なるほど」と相槌を返す。
「けど、日向君はなんというか……弟と似ててさ」
日向はピタっと、表情を固める。
「あっ、私。中一の弟がいてね! なんか、雰囲気が似ててさ。まあ、日向君より可愛げなくて生意気なんだけど」
可愛げ……という言葉が、日向の頭にこびり付いた。
「昨日も、帰りにバッタリ会って。一緒に本屋に行ったんだけど、呆れた顔で『姉ちゃん、またBL買うのかよ』って――あっ」
言ってから、真壁は自分の失言に気が付く。
「あっ、あー!! 今のは気にしないで!! 忘れて!!」
自身の趣向をバレらしてしまったことへの羞恥から、アワアワと慌てる真壁に。日向は柔らかな優しい想いが胸に広がる。
(って、アレ? 待てよ……昨日、本屋に行ったって……)
日向は昨日、真壁が男子と一緒に本屋へ入っていく光景を思い起こす。
(いや、アレが弟かよ!! つーか、似てねーだろ全然!!)
昨日見た男子は、真壁よりも。そして、おそらく日向よりも背が高く。中学生にしては、少々大人びた容貌であった。
日向は嫉妬心を過ぎらせながらも、自身の低身長と童顔女顔に落ち込みを覚える。
(弟と似てる、か……)
それは端的に言えば、真壁が日向を異性として見ていないという事実であった。
その瞬間、日向は真壁が手の届かない“憧れ”として天高く聳えているように感じ。自分はただ、強く焦がれ見上げるだけの小さな存在だと……日向は思った。
「昨日、読んだ漫画」
恥ずかしさから、日向と目を合わせられない真壁に声を掛ける。
「……『アオい青春』ってタイトルでさ」
日向が漫画の題名を告げた刹那、真壁が「えっ」と瞳を輝かせた。
「それって……」
「俺も、BL好きなんだ。まあ、ハマったの最近なんだけどな」
ハニカミながら続けた台詞に、真壁の声と表情は明るく弾けた。
「アレ、メッチャ面白いよね!!」
彼女の嬉しそうな様子に、日向は純粋な嬉しさが込み上げる。
「全寮制の男子高で繰り広げられる青春ラブストーリーの群像劇でさ、登場人物それぞれが抱えてる悩みや葛藤やトラウマが痛切で……」
「どのキャラの話も重くって泣けるんだよな! 俺が一番好きだったのは、事故で片想いの
「最初は素っ気無くしてるんだけど、彼を知っていくうちに段々と心を開いてって。最後に自分の過去と悲しみと苦しみを吐き出すシーンがもう、本当に最高だった!」
「メッチャ分かる!!」
真壁と日向は、興奮しながら言葉を交わし合った。
「日向君……やりますね」
「いやいや、まだまだ未熟者ですよ」
「けど、本当珍しい。私、腐男子って都市伝説かと思ってたもん」
「俺も、まさか自分がハマるとは思ってなかったんだけどさ。元々、子供の頃から俺。少女漫画が好きだったから」
日向は自然と彼女に話した。今さら、隠すことでも無いだろうという思いから出た言葉であったが。真壁から辛辣な反応が返って来るんじゃないかと、不安な気持ちもあった。
「少女漫画か……私は漫画より、アニメで観てる方だったかも!」
しかし、日向の不安は杞憂に終わり。真壁は普通に話しを続けた。
「……変に思わないのか? 男が少女漫画なんて」
日向の疑問に、真壁は不思議そうな表情を返す。
「なんで? 男の子が少女漫画読むのって、悪い事じゃないじゃん」
呆気らかんとした回答に、日向は間の抜けた顔をしてしまう。
「面白い物語を読んで、感動して好きになることの何がいけないの? 好きなものなんて、自分の思いのまま自由で良いじゃん! 他人に気を遣うものじゃないって!」
真壁は今、この言葉を何気なく言っているのであろう。
きっと後日、この話をしたとしても。彼女はあまり良く憶えていないかもしれない。だが、日向は真壁のこの言葉を。一生忘れないだろうと思った。
ずっと心に煩わしく引っかかっていた棘が、いとも簡単に抜かれてしまったのだ。
周囲の同世代の男子と違う趣味を持った自分は、異質で可笑しいのではないか……と、悩み。好きなものに心から没頭出来なかった。
けれど、真壁は自身の好きなものに胸を張り。日向を否定せず、ただただ自然と受け入れたのである。
何も変ではない、普通の人間だと……そう告げられたような気がした。
「まあ、とやかく言われるの面倒だから。やたらめったら言わないけどね」
笑いながら、真壁が続けた。
「そうだな……」
真壁の言葉に、日向は頷き。
「面倒だから、俺も真壁以外には言わねーわ!」
そう言って、笑顔を咲かせた。
「真壁のオススメの本あったら教えてくんない? 俺、まだそんなにBL詳しくないからさ」
「おう、もちろん!」
「なんだよ、その話し方!」
「いや~、ヲタ友の前だとこういう話し方になっちゃって~」
いつも教室で大人しい印象を与える彼女の少々意外な姿を見れたことに、日向は再び嬉しさを込み上げさせる。
「私にも、オススメの本あったら教えて! BLも少女漫画も」
「ああ、良いぜ! 少女漫画はコミック持ってるから貸すよ!」
「マジ!? サンキュ!」
気軽な心で言葉を、笑顔を交し合う二人は。今この瞬間、確認し合うまでもなく友人となっていた。
日向の胸には、真壁に対して明確な好意があった。今まで関わってきた女性とは違う、特別な感情が。
“初恋の相手”という称号を真壁に与えることに、日向は何の躊躇も抱かなかった。だが、彼女と恋人になりたいという想いは何故か全く湧かず。純粋な友人でありたいと思ったのだ。
真壁は日向を恋愛対象として見ることはないであろう。そう気がついたことを切っ掛けに、彼は彼女に対して憧れが強くあるのだと知った。真壁のように、強く優しい気持ちの持ち主になりたい……と。
これから先の未来、真壁と一緒に居たいと思った。憧れの人である真壁の傍で学びながら、優しい彼女に寄り添う存在でありたい。生涯の友として。
「真壁」
日向が呼ぶと、真壁は眼鏡のレンズ越しに真っ直ぐ彼を見た。
「俺の方こそ、ありがとな!」
笑みを咲かせて告げた台詞を、真壁はきっと。漫画のことだと思っただろう。
だが、それで良い。このお礼の意味は、日向が初めて抱いた温かな想いと共に。これから先、一生。彼女――真壁万里へ、伝えることは絶対にないのだから。
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