第23話 外伝~ひまわりの眼差し③~

「アッハッハッハ! いや、アレで隠れたつもりとか。日向けっこうバカだね!」


校舎裏にて、真壁と瑞野が話しているのをこっそり覗き見した日向は。二人から身を隠そうと、その場でうずくまるだけ……という、少々恥ずかしい失態を瑞野に笑われながら。三人で学校近隣のアイスクリーム屋にやって来ていた。


「うっさい、瑞野……」

「つか、日向。アンタ、私と真壁さんより甘そうなアイス食ってんね!」


キャラメルナッツのアイスを小さなスプーンで食べる日向に、さらに笑い始める瑞野。

そんな彼女が持つアイスの種類はチョコミントで、真壁はシンプルなチョコレートアイスであった。


「ほっとけよっ!」


怒鳴る日向に、瑞野は悪びれる様子も無くまた笑い出す。


「……それより、お前ら。あんな場所で何話してたんだ?」


二人の話し声は聞こえていたが、詳しい内容は良く分かっていなかったので日向は尋ねてみた。


「ああ……まあ、日向なら良っか!」


もしかしたらはぐらかされるのではないかと思っていた日向の予想に反し、瑞野は日向に説明を始める。


「私さ……好きな奴居たんだよね。家が近所で、中学まで一緒だった同級生なんだけど。そいつ頭良くてさ、進学系の高校受験して別の学校になっちゃってさ」


明るく言いながらも、瑞野の様子はいつもより少し気恥ずかしそうであった。


「スゲー頭良くて真面目な奴でさ、構って欲しくて良く揶揄ってウザがられてたんだ……だから、今さら好きとか。なんか言えなくて……」


高校に上がり、学校が別々になってからは。瑞野とその彼は、たまに近所で顔を合わせる程度にしか会わなくなってしまったそうだ。


「けど……この間、そいつが知らない女子と一緒に歩いてるの見ちゃって……あー、彼女出来ちゃったのかなぁ……って、勝手に落ち込んでたんだよね」


そしたらさ……と、瑞野は真壁へと顔を向けた。


「真壁さんが『なんか元気ないけど大丈夫?』って訊いてくれたの。凄くない!? いっつもツルんでるダチには全然気づかれなかったのにさ!」

「まあ、何となくそう思っただけだから……」

「でも、真壁さんがそう聞いてくれたからさ。なんか、相談出来たんだ。そしたらね、まずは本人に事実確認してみた方が良いんじゃね? って、言われてさ!」

「それ、結構ハードル高くないか?」


日向が言う。


「私も思った! けど、その後。真壁さんに言われたんだよね……」


“瑞野さんが不確かなままで良いなら良いけど、はっきりさせた方がすっきりするなら聞いてみた方が良いと思う”


「それ言われてさ。『彼女かもしれない』と『彼女が出来た』じゃ、全然違うわ~って思ってさ。その日に、家の前で待ち伏せて直接聞いてきた。『この前、一緒に女子と歩いてたけど。アレ彼女?』って」

「お前の行動力もスゲーな」

「そしたらさ、彼女じゃないって。友達の彼女で、その友達の誕生日のプレゼント選びに付き合ってただけって言われたわけよ! ややこしいったら無くない? つーか、見られたの。その友達じゃなくて私で良かったわ、っていうね!」

「そんで」


冗談交じりな口調で言う瑞野を遮り、日向が尋ねる。


「そんで。その後どうしたんだよ?」

「……なんで、そんな事聞くんだ? って聞かれた」

「うん」

「つい、アンタに彼女出来たのかと思って揶揄いに来たのに残念……って、言っちゃった」

「そうかよ」


瑞野に相槌を打ってから、日向は続けて。


「で、どうやってちゃんと告ったんだ?」


と、言った。


「ちょっ、なんで私が告ったって知ってんのよ!?」

「そんな細かいことは知らねーよ。けど、瑞野に彼氏が出来たのは噂で聞いたからその人なのかと思っただけだよ」

「日向、お前……隠れ方下手な割に勘は良いんだな」

「隠れ方、関係ねーだろ!!」

「まあ、その次の日に。真壁さんに、また相談したのよ。本当のこと言えなかったって」

「ふーん、そんで?」


そう尋ねた日向に、瑞野は顔を赤らめて少し俯かせた。


「……真壁さんに、背中押して貰った」

「いや、だから。何て言われて――」


その時、誰かの携帯端末に。メッセージが届いたことを告げる着信音が鳴り響く。

即座に液晶画面を確認したのは瑞野であった。


「あっ、彼氏からだ!」


真壁と日向は何も言わずに、彼女に視線を向けていた。


「『部活早く終わったから、今から飯でも行かない?』って……」


瑞野がスマホから顔を上げると。


「行っておいでよ」


真壁は笑顔で親指を立て。


「顔ニヤけてんぞ」


日向は悪戯っぽく言った。


「うっさい日向!! ありがとう真壁さん!」

「極端に態度違ぇーな、オイ」


吠える日向を無視して、瑞野は手を振る真壁に手を振り返しながら小走りで去って行くのであった。

そして、残された日向と真壁の間には。微妙な空気が流れる。


(どうしよう……俺、そういえば。いまだに真壁と話したことねーし!!)


そう、困惑する日向を余所に。


「……瑞野さんって、可愛いよね!」


真壁が唐突に、口を開いた。


「えっ?」

「普段はサバサバしてて、カッコイイ美人系だけど。恋してる時のギャップ、メッチャ可愛くない!?」


そう興奮気味に言う真壁に驚き、迫力に圧されて「えっ? ああ、まあ……」と答える日向。


「私が男子だったら、絶対放っておかないのに!」

「えっ、そんなに?」

「だって、あんな美人で性格優しくて可愛いなんてかなりのハイスペックじゃん!」

「いや、俺。そんな瑞野のこと知らないし……てか、真壁ってそんなに瑞野と仲良かったっけ?」

「仲が良いってワケじゃないけど、良く優しくはして貰ってるから」


真壁の言葉に、日向は疑問符を浮かべる。


「私さ、小学校から仲の良い友達。皆、別のクラスになっちゃってさ。今のクラスに友達居ないんだよね」


確かに……と、日向はクラスの教室でいつも一人で居る真壁の姿を思い起こした。


「だから、体育とかでのペア決めがメチャクチャ苦痛で……いっつも余って凄い嫌だったんだけど」


そこで真壁は柔らかく笑みを表情に象る。


「瑞野さんだけが、嫌そうな顔一つしないで『一緒に組もう』って言ってくれたんだ」


嬉しそうな思いを、言葉にも顔にも滲み出させる真壁に。日向の鼓動は高鳴った。


「普段はメッチャ陽キャギャルで、でも陰キャの私をバカにしたり見下したりなんて全くしないなんて。メッチャ素敵女子じゃん!」


今度は興奮しながら捲し立てる真壁に、日向はビクッと驚く。


(真壁って、結構しゃべるんだな……)


「そんな瑞野さんを片想いに苦心させるなんて、どこの幸運な鈍感男子だと思ったら。瑞野さん曰く、優しい真面目なガリ勉君的なこと言ってて。ああ、だったら多分。瑞野さんみたいなキラキラ系女子に自分が好かれているなんて夢にも思っていないんじゃないかなー……って、思ってね!」


真壁は日向へと顔を向けた。


「だから、ちゃんと気持ち。伝えてみた方が良いんじゃない……って、そう言ったんだ。それでフラれちゃったらとも考えたんだけど、そう考えたら。瑞野さんみたいな子に告られて振るなんて、そんなの私が許せないって思った! だって、男だったら私が付き合いたいし!」


けど……と、真壁は続けて。


「瑞野さん、告白成功して。今、すっごく幸せそうで……」


それから、心の底から嬉しそうに。


「本当に良かった!」


満面の笑顔を咲かせるのであった。


(他人の事なのに、なんで自分の事みたいに嬉しそうに言えるんだろ……)


嘘も屈託も見えない真壁の言葉と表情に、日向はなんだかつられて顔が綻んでしまう。


(真壁って、こんな奴なんだ)


知らなかった真壁のことを知り、日向の胸には優しくも輪郭のないしっかりとした熱が。ゆっくりと、じんわりと広がって浸透していくのであった。

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