第7話

「あっ、ヤベ……教室に本、忘れてきたかも……」


春。まだ大学に入学して僅かな日数しか経っていない頃。

帰り道の途中で、友人である日向葵が私の隣で青ざめた声を出した。


「本ってまさか……」


私の言葉に、日向は視線だけで同意。


「行けーっ!!!! 早く回収して来いーっ!!!!」


私の叫び声に、日向は「イエッサー!!」と駆け出す。

本――私達、腐女子と腐男子のバイブル。BL本を、一般ピープルに見られた暁に待ち受けるものは“死”のみ。

なので、それを誰かに拾われることは。絶対にあってはいけない!! ……の、だが。


「――あっ、旭……く、ん……そっ、それ……」

「さっき、鞄に入れようとして落としてた」


日向はあっさりと、パンピーであり大学一のイケメンと囁かれる人気者。旭陽太に拾われていたのだ。


「はい」


日向は旭君から「あっ、ありがとう……」と、戸惑い気味に袋に入れられた本を受け取りながら。


「中……見た?」


と、おずおずと尋ねる。


「いや? 本だろ?」

「うっ、うん! そう! ただの本! 何の変哲も無い、ただの本だ!」

「へー……」


言いながら、旭君は日向に返そうとしていた本をスッと取り戻し。


「あ"っ!! ちょっ、な――!?」


袋から本を取り出した。


「漫画か? 綺麗な表紙絵だな……少女漫画みたいな――」


言いながら、旭君は日向に本を奪い取られないように。高身長を活かして、高い位置に本を持っていきながらページを捲り……。


「っ!!!?」


あるページを見て、顔を赤くしながら硬直する。


「どうし――」


日向は旭君が開くページを覗き込む。

そこには、美しく描かれた男性二人が。濃厚な口付けを交わしているイラストが描かれていたのだ。


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ーっ!!!!」


日向は、それはそれはけたたましい叫び声を上げたという。


「ダメっ……!! 見るなーっ!!」

「あっ、いや……悪い……」


必死に旭君にジャンプをしながら本を取り返そうとする日向に、彼は申し訳なさそうに本を返却した。


「その……そんなに嫌がるとは……ちょっと気になって、軽い気持ちで……悪い」

「いっ、いやっ、いやっっっ!! 別にそのっ、あの……!!」


旭君に自身のバイブル(BL本)を見られたのが衝撃的過ぎて、しどろもどろに言葉を紡ぐ日向に。


「ぷっ……」


と、小さく噴き出し。


「アッハッハッハ!」


突然、旭君は大きな声で笑い出したという。

彼は目立つ存在ではあったが、あまり騒々しく会話をする人物では無く。寧ろ、物静かなタイプの男子なので。その姿は、何とも想像のしづらい光景であった。


「悪い。勝手に見た上に、笑っちゃって……なんか、その。反応というか、パニくってるのが面白くって……!」

「えっ!? いや、面白いって……」

「俺、旭。旭陽太」

「知ってるよ。旭君、有名だから」

「呼び捨てで良いよ。君は……」

「俺は日向。日向葵」

「名字も名前も可愛いな」

「ほっとけ!!」


それから、日向と旭君は良く話すようになり。仲良くなったのだという。


「言っとくけど、俺と旭の間にダチ以上のことは――」


日向の話を聞きながら、私は悔しい思いを噛み締めていた。


「おい、真壁?」


私は……私はっ……!!


「どうしたんだ?」


なんで、その場面を目撃する為に。その日、日向のあとを追いかけなかったんだっ!!

疑問府を浮かべて困惑する日向を余所目に、私は心の中で血涙を流すのであった。

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