第25話


 デズモンドの死によって学園祭は唐突に終わりを告げた。寮生はそれぞれの寮に戻り、僕のような通学組の生徒や、参加していた親たちは学園から締め出されるように家に帰ることとなった。

 そんなことがあったにもかかわらず、学園では次の日から通常通りに授業が行われた。どの教師も事件の詳しい話は語ろうとしない。噂では、リアムが何者かに連行されていったとか。こういう事件は巡察隊の出番だが、実際にリアムが連れていかれるところを見たという生徒の話では、どうも着ている服や雰囲気が巡察隊のものではなかったらしい。



 ウェンディは実家に連れ戻され、事件以降は欠席しているという。リアムがあれだけのことを起こした後だから、今は学園にいない方がいい。

 ガゼボで起きた事件の方は誰も目撃者がいなかったが、今回はリアムがデズモンドをナイフで刺す場面を多くの生徒が目撃している。もはや、リアムが三人を殺害したことを疑う者はいない。僕を除いては。



 気になることがあって、学園からの帰りに僕はラズダ書房に寄ることにした。学園の図書館でも探してはみたが、手がかりになりそうな本は見つからなかった。学園の図書館にないものがこの店で見つかるかは怪しいが、意外とニッチな本が置いてあったりするのだ。



「やあ、店主」



 カウンターで目を閉じて座っている店主に声をかける。その姿からはどこか寂しげだ。もう長い付き合いになるが、未だ謎の多い男である。



「――ロイか」



 店主が言った。メガネのレンズの向こうにある眼球が動き、僕を捉えた。



「暇そうだな」



「余計なお世話だ」



 今日は客がいない。これで商売がやっていけるのが不思議だ。僕が附属校の三年生の頃にこの店は一度店を閉めている。夏休みにアヴェイラムの本邸からこちらへ戻ってきたときに、店の看板が外されていたのを見て寂しく思ったのを憶えている。魔物被害が増え始め、アルクム通りの店が次々と閉店に追い込まれていた時期だ。クインタスが街に出没し始めたのもその頃で、通りは今よりも閑散としていた。

 そういえば、僕とクインタスの最初の出会いもあの夏だった。本邸へ向かう途中、父と兄の乗る馬車が襲撃された。幸い、父がクインタスに致命傷を負わせ、追い払うことができたが、もし最初に僕の乗る馬車が狙われていたらどうなっていたかわからない。



「今日も新聞か?」



 カウンターに積んである新聞に目をやり、各紙のヘッドラインを見る。『アヴェイラム派、高まる開戦の声』、『王立学園でまたも殺人』、『魔人の原罪』……。



「『ストリートジャーナル』と『ファサード』を一部ずつもらおう。それと、今日は本も買おうと思っている」



「題名さえわかれば俺が取ってこよう」



「特定の本を探しているわけじゃないんだ。まあでも、そうだな……魔法が人体――特に人格に及ぼす影響について書かれた本なんか、あったりしないか?」



 レンズの奥の目が閉じられる。記憶を呼び起こしているのだろうか。



「悪いが置いてないな。どうしてそんなものを探しているんだ?」



「学園で生徒が立て続けに死んでいることは知っているか?」



「ああ。有名貴族の子が犯人だとか」



「そういうことになっている。でも腑に落ちないことがあるんだ」



「また探偵ごっこか。余計なことには首を突っ込まない方がいいと思うがな」



 店主からすると僕は危険に首を突っ込んでばかりいる印象なのか。だが、巡察隊の捜査に協力している身としては、探偵ごっこというのも否定はできない。



「気をつけるよ」



「……それで? ロイが探している本と学園の事件との関係が見えてこないが」



 魔力を込めた目で見たらデズモンドの額が光っているのが見えたから。そう言えればいいけど、僕以外の人からしたら意味がわからないだろう。どう説明しよう。



「人形に異常なほど執着を抱く同級生がいるんだが、僕は彼が事件に関わっていると踏んでいる。最初の二人の犠牲者について、犯人と思われている生徒はこう証言しているんだ。『操り人形』みたいだった、と。最後の事件のときは僕もその場にいたんだけど、死んだ生徒の様子はたしかに変だった」



 店主は腕を組んで何やら考え込んでいる。

 少し話し過ぎただろうか。箝口かんこう令が敷かれているわけではないけど、無暗むやみに学園の外部の人間に言いふらして良いものでもない。



「――死んだ三人が洗脳でもされて自殺したと言いたいのか?」



「端的に言えばそういうことだ」



「何か決定的な情報を伏せているな?」



「なぜそう思う?」



「洗脳を魔法と結びつける根拠がないからだ」



「――それもそうだな。ああ、たしかに他にも根拠はあるが、その情報は言えない」



 店主が目を細めた。自分でも胡散臭いとは思うけど、店主の目つきが鋭く、落ち着かない。



「それはあの人の……」



 店主が途中で言葉を切った。



「あの人?」



「いや、なんでもない。――そうだな……ロイがまさに望む本は置いてないが、関係のありそうなものはある。少し待っていろ」



 店主はカウンターの奥から続く部屋に入っていった。






 戻ってきた店主は、一冊の本をカウンターに置いた。表紙に『悪魔の実験』と書かれてある。物々しいタイトルだ。



「いくら?」



 僕が尋ねると、店主は首を横に振り、「貸してやる」と言った。好意はありがたく受け取ろうと思う。



「読み終わったらまた来るよ」



 僕は本を脇に抱え、店を出た。






 店主にもらった『悪魔の実験』という本には、過去に我が国や大陸で行われたとされる、非人道的な実験についてまとめられてあった。店主には悪いが信憑性はかなり乏しいと思う。都市伝説を集めたオカルト雑誌のような印象だ。



 まあ、せっかく薦められたことだし、とりあえず最後まで斜め読みをしていく。趣味の悪い本だが、娯楽としては好きな人は好きなんじゃないだろうか。



 ――脳の損傷箇所による身体的および精神的な障害の特定



 残りのページ数からして、これが最後の章だろう。大陸のとある国で行われていた、犯罪者を使った人体実験の話のようだ。ここまで読んできてこのパターンは何度も見た。被検体は、ほとんどの章で犯罪者か戦争の捕虜のどちらかだった。こういう設定だと読者が想像しやすいのだろう、と僕は導入の部分を読み飛ばす。



 内容は章のタイトル通り、破壊する脳の箇所によって発生する障害がどう変わるかを調べていくというものだった。



 視野欠損、半身不随、意識障害、記憶障害、性格の変容……。どれもあり得そうな症状ばかりだった。前世の知識と比較しても荒唐無稽な症状はなく、実験が真実味を帯びてくる。




 ん? これは……。



 前頭葉の一部を破壊した被検体の内、数体に魔法の能力に関わる異常が確認された、とある。この実験は、魔法は脳と密接に関係していることを示唆している。店主はこのことを僕に知らせたかったのだ。

 こんなオカルト本が情報源では信じるに値するかは甚だ怪しいが、エルサに貸してもらった交換日記の実験――魔力で人を洗脳する実験と照らし合わせれば、オカルトで片付けられない何かがありそうだった。



 本を閉じて表紙を見る。



 ――悪魔の実験



 悪魔か……。容認はできないが、いち研究者として好奇心が勝ってしまうのが想像できてしまう。研究者とは悪魔に最も近い人種なのかもしれない。

 ふと、エルサの顔が思い浮かんだ。が、頭を振ってすぐに嫌な考えを振り払う。あの人はいろいろと変なところはあるけど、嫌な人じゃない。少なくとも今は、もう嫌いじゃない。悪魔というのはクインタスのようなやつのことを言う。



 あっ、と声が漏れる。



 クインタスの妹だ。リアムが感情的になっている横で、なんの感情も顔に出さずに直立していたデズモンドに僕は既視感を覚えたのだ。あのときのデズモンドの姿が、精神病院で見たクインタスの妹と重なった。精神だけがどこか別のところへ行ってしまっているような、あの虚ろな表情……。



 もう一度精神病院に、クインタスの妹に会いにいこう。デズモンドの目の上に見えた光と同じものが彼女にもあるのか、確かめなければならない。

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