第23話


「そういえばヴァン、さっき負けてたな」



「……やっぱり見てたのか」



「まったく。せっかく貴様に賭けてやったのに。役立たずめ」



「なっ! 俺で賭けなんてしてたのか!?」



「ああ。ヴァンが勝てば人気店のスイーツをもらえるはずだったんだ」



「それはまあ……悪かったけどさ。でも一年生で決勝まで行けただけでもすごいんだからな! 上級生相手に4回も勝ってるんだぞ?」



「そうなのか? おかしいな。僕は君が負けるところしか見ていないが」



「それは決勝しか見てないからだろっ!」



「まあ、いい戦いだったよ。来年はもちろん優勝するんだろ?」



「もちろんだ! 来年はロイも出ろよ。その方がもっと盛り上がるぞ」



「遠慮しておく。僕には向いてないし」



「そんなことないだろ」



「もちろん、実戦ならあのアルトマンともやり合える自信はある。だが、ルールが決まっているデュエルではどうしてもやれることが限られるからな。僕みたいに騙し討ちで戦うようなタイプには向いてないんだよ」



「それを言ったら俺だって、剣を使えたらアルトマン先輩にもロイにも負けない自信はあるさ」



 剣で本気で殺しにくるヴァンを想像する。……恐ろしいな。附属校三年生の頃に魔物を一刀両断したヴァンの姿が今でも目に焼き付いている。今ではどれほどの腕になったのだろうか。純粋な戦闘能力ではもう絶対に勝てないだろう。もし本気で戦うことになったときは、そうだな……まず戦う前から有利な状況に持っていこう。からめ手では負けない。腕一本は失う覚悟で、万の策を弄して倒してやろう。



「いや、たぶん僕の方が強いな。僕は頭がいいからな」



「やってみないとわからないだろ! とりあえず来年はトーナメントで勝負だからな!」



「だから出ないって。そもそも、来年のこの時期に僕がまだ学園にいるかどうか」



「は? どういうことだよ」



「べつに。とにかく出ないってことだ。そんなことより、劇のセリフは大丈夫か? 負けたショックで全部飛んでたりしないよな」



 僕は話を変えた。ヴァンは訝しむように目を細めるも、すぐにセリフのことが不安になったのか、視線を宙にさまよわせた。



「……まあ、大丈夫だよ」



 ヴァンが自信なさげに答えた。



「くくっ。ヴァンが悪の手下役なんてな」



 もともと精霊祭ではヴァンが主人公の名探偵役をやる予定だったが、エリィの作る服のモデルとして今や学園のファッションリーダーとなったエベレストに主人公役を任せた方が宣伝効果がありそうだと判断し、ヴァンと交代することとなった。そしてヴァンはエベレストが演じるはずだった、悪の手下役をやることになったのである。



「はぁ……。アルトチェッロが女子に人気だってのはわかるけど、なにも交代までしなくたって……」



 ヴァンがため息をついた。悪の手下役が相当嫌みたいだ。



「ヴァン。今まで黙っていたが実はな……君が主人公役を降ろされたのは、他にも理由がある」



「え?」



「君は演技があまり上手くないんだ」



「え?」



 ヴァンが口を閉じることを忘れて僕をぽかんと見つめる。



「対して、エベレストの演技力はどうだ? 驚くほど上手だろう?」



「ちょっとはうまいと思うけど……」



「すごくうまいんだよ」



「……そんなに違うのか?」



 僕は黙って頷いた。ヴァンはショックで何を言ったらいいのかわからないみたいだった。本番前に言うことではなかったかもしれない。

 その後、エベレストと比較すると上手くないけど下手ではないのだと何度も言い聞かせ、講堂へ着く頃になってようやくヴァンの精神は回復したようだった。










 講堂では有志の個人やグループがあらかじめ決められた順番でパフォーマンスを行うことになっている。僕とヴァンは、さっき広場で見た人形劇のクラブがちょうど順番を終えた頃に講堂に到着した。先に来ていたペルシャとマッシュと合流する。エベレストとエリィはまだ来ていないらしい。今はちょうど最後のファッションショーが終わった頃だろうか。



「ちょうどいい時間に着いたな。討論会の方はどうだったんだ? ペルシャ」



「有意義な時間でした。それなりの論客もいましたし」



「それはよかった」



 ペルシャと討論なんて、考えるだけで恐ろしい。こてんぱんに言い負かされそうだ。



「僕が見にいったときは、ペルシャの相手の人泣いてたよ」



 マッシュが言った。ペルシャは素知らぬ顔だ。彼と喧嘩するときは口ではなく手を使うことにしよう。



「そういえば、トーナメントの優勝はアルトマンだそうで」



 ペルシャが横目でヴァンを見やる。



「……アヴェイラム派の連中は揃いも揃ってひねくれたやつばかりだ。準優勝おめでとうと素直に言えばいいじゃないか」



「はて。私はただ優勝者の名を挙げただけですが」



「俺が決勝で負けたのを知ってて言ったんだろ」



「ほう、決勝の相手はあなたでしたか。初耳ですね」



「はっ。しらじらしい」



 ヴァンがペルシャをじとっと睨む。まったく、この二人はいつまで経っても仲良くならないな。



「僕そろそろ行くねー」



 ペルシャとヴァンが軽口を言い合うのを気にも留めず、マッシュが言った。彼は僕たちに手を振ると、軽やかな足取りで舞台の方へ向かった。



「そうか、僕らの劇の前はマッシュの演奏会だったな」



「はい。そろそろ私たちも準備に行きますか。残りの三人もいらしたようですから」



 振り向くと、ペルシャの言う通り、エベレスト、エリィ、オリヴィアの三人がこちらへ歩いてくるのが見えた。






 マッシュのピアノの演奏を聞きながら、僕ら『境界の演劇団』とオリヴィアは舞台袖で準備を開始した。オリヴィアはメンバーではないが、今回は助っ人として出演してもらうことになっている。彼女の演じるのは、名探偵の相棒役。つまり、エベレストのパートナーだ。もとはエリィがやる予定だったが、エリィは衣装制作に本気を出したいからと、代わりにオリヴィアを連れてきたのである。



 マッシュの演奏が終わった。幕が閉じられ、実行委員の生徒たちがピアノや大道具を運ぶ。僕は魔信とスタンドを舞台上に運び、組み立てた。ちょうど僕の口の高さくらいに魔信がくるようになっている。受信機の方は昨日設置しておいたから、あとは魔信を起動するだけだ。

 舞台袖を見ると、演者たちも準備が完了したようで、ペルシャが手で合図を送ってくる。僕は彼に向かって頷いてから、魔信を起動させた。ジジジと受信機からノイズが鳴り、接続が完了したことを確認する。その音で講堂の生徒たちは舞台上の僕に注目した。



「みなさま。臨席賜り、まことにありがとうございます。『境界の演劇団』団長、ロイ・アヴェイラムです。本日はお楽しみいただくのは、『シェリル・ホームズと仮面の怪人』。名探偵シェリル・ホームズが、街を恐怖に陥れる仮面の怪人に、勇敢に立ち向かう物語。どうぞ、心ゆくまでお楽しみください」



 僕は恭しく礼をし、舞台袖にはける。それと同時に幕が開き、エベレストの声が一瞬にして観客の注意を引き付けた。



「ああ、やだやだ。また平凡な水曜日を過ごしてしまった。ねえジェーン、何か面白い事件は起こっていないの?」



 気だるそうなエベレストの声が講堂に響く。魔信が声をしっかり拾っているようで安心だ。



「もう、シェリルったら。事件などない方が良いではありませんか」



 オリヴィアが呆れたように肩をすくめた。



「はぁ……。つまらない女」



「つまらなくて結構です」



「そうだわ。あなたが事件を起こしてきなさいよ。そうすれば私は退屈に殺されなくて済むし、あなたは面白い女の称号を得られるわ。素敵なアイデアだと思わない?」



 いい滑り出しだ。エベレストが舞台映えするのはわかっていたが、練習のときよりも目を引く。彼女は目立つことが好きだから、観客が大勢いるといっそう表現が豊かになるのかもしれない。そして発音のはっきりとした、よく通る声。絶妙な間の取り方。幼い頃より、僕らの世代の女王として君臨し続けてきた自信が演技に表れているようだった。



 物語は仮面の怪人が最初の事件を起こしたことで動きだす。ペルシャ演じる仮面の怪人はなかなか尻尾を見せない。名探偵シェリルは怪人を宿敵と定め、勇敢に立ち向かう。強力な手下を従える怪人と幾度もの死闘を繰り広げ、最後はその優れた頭脳で怪人を追い詰め、三角橋にて決着するのである。



「もうお前に逃げ場はないわ」



 杖を構えたエベレストが淡々とした口調で言う。仮面の怪人を演じるペルシャが橋の欄干を模した台の上に立って、エベレストを睨みつけている。



「あり得ない。魔人であるこの俺が人間ごときに負けるのか……?」



「シェリル・ホームズに負けるのよ」



「俺の野望が……」



「あなたの野望は叶わない。もうお別れよ。さようなら」



 エベレストの杖から光が飛んでいき、ペルシャに当たった。ペルシャは胸を抑え、よろける。



「ぐっ……貴様さえいなければ……」



 ペルシャは倒れるように、欄干の向こう側へ落ちて消えた。エベレストは懐に杖をしまい、息をつく。



「世間知らずなこと。この街に私がいるなんて世界の常識よ」



 エベレストのもとにオリヴィアが走り寄る。



「やりましたね、シェリル! これでようやく街に平和が戻ってきます!」



「そうね……」



「ど、どうしたんですか? あまり嬉しそうじゃないありませんけど」



「それはそうよ」



「え? 事件が解決したんですよ?」



「だって……退屈な水曜日がまたやってきてしまうわ」



 エベレストが心底残念そうに文句を言った。



「まったく、あなたという人は」



 オリヴィアが呆れてため息をつき、舞台の幕が閉じた。

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