第22話


 ヴァンがデュエルのトーナメントに参加していることを思い出し、僕とウェンディは観戦にいくことにした。トーナメントが行われているのは学園で一番大きな屋内運動場だ。二階にある観客席まで階段で上ると、喧騒に包まれる。想像以上に人が多い。学園という小さな箱の中で抑圧され、娯楽に飢えていた生徒たちが、強者たちの戦いに刺激を求めて押し寄せているのだろう。文明人としての自覚を持ってほしい。

 席が三つ空いているところを見つけ、ウェンディを真ん中にして座る。すぐに一際大きな歓声が上がり、一階の運動場を見れば、ちょうどヴァンと対戦相手の女子生徒が競技用の特殊な服を着て出てきたところだった。



「これが決勝戦みたいね!」



 周りの声にかき消されないようにウェンディが僕の耳元で言った。なるほど、だからこんなに盛り上がっているのか。いや、待て。一年生のくせにヴァンは決勝まで勝ち進んだのか。ここでヴァンが優勝してしまったら、来年以降も連覇することが確定してしまう。対戦相手の先輩には頑張ってもらいたいものだ。

 観戦する生徒たちがいったん落ち着いてきて、審判を務める教師が声を張り上げ、ルールの説明を始めた。プレイヤーは殺傷性を抑えた特殊な杖を使い、互いに魔法弾で攻撃し合う。魔法弾が相手に当たると、命中した部位によって1ポイントから4ポイントまでの得点が与えられ、先に4ポイントを獲得した者が勝ちとなる。胴体の中心に近い部分が4ポイント、外側が2ポイント、手脚は1ポイントだ。魔法弾の威力は、当たっても問題にはならない程度ではあるが、一応頭部への攻撃は無効となっている。

 命中の判定は少し前までは審判が目視で行っていたらしいが、現在は、ヴァンたちが着ているあの特殊な服により、誰が見てもすぐわかるようになっている。あの服はナッシュ先生が開発した魔法具で、魔法弾が当たった部位の色が変化するのだ。懺悔球といい、あの服といい、ナッシュ先生は魔法と色の関係について研究しているのかもしれない。



「あの先輩って、強いんですか?」



 僕は左隣のウェンディに尋ねた。



「アルトマンは去年の優勝者よ。しかも、まだ四年生」



 つまりあの先輩は三年生の頃に上級生を相手取って優勝しているのか。これは期待できるかもしれない。



「どちらが勝つか、賭けましょう」



「はぁ? 何を賭けるのよ」



「そうですね……負けたらおすすめのお菓子を勝った人にプレゼントするというのは?」



「まあ、そのくらいならいいけど」



「決まりですね。どっちに賭けますか?」



「うーん、さすがにアルトマンかな。去年の精霊祭で圧倒的だったし、スペルビアの子がいくら強くてもあの子が一年に負けるとは思えないのよね」



「それだと僕がヴァンに賭けなきゃいけなくなるじゃないですか」



「いいじゃない。演劇団の仲間なんでしょ?」



「……わかりました」



 不満ではあったが、附属校時代にヴァンの身体能力の高さを見せつけられてきた身としては、ヴァンの方こそ負ける姿が想像できない。悪い賭けじゃないはずだ。



 教師の説明が終わると、ヴァンとアルトマンの二人は握手を交わし、十分に距離を取って向かい合った。



「位置について!」



 二人は杖を構える。



「始めっ!」



 教師が戦いの始まりを宣言すると同時にヴァンが地面を蹴った。それを読んでいたのか、開始直後にアルトマンは杖から魔法弾を連射していた。ヴァンは急いで横に跳んで避ける。出鼻を挫かれ、ヴァンは接近をいったん諦めたようだった。

 そのまま状況は膠着するかに思われたが、アルトマンは追い打ちをかけるようにヴァンに魔法弾を浴びせる。ヴァンは息をつく間もなく、逃げ回ることになった。



「あはは! すばしっこーい」



 アルトマンは無邪気な笑顔でヴァンを追い詰めている。対してヴァンは避けるのに必死で真剣な表情だ。



「これならどうかなっ!」



 アルトマンが連射の速度を上げた。すでにギリギリで避けていたヴァンは、対応することができない。そしてついに魔法弾が足に当たり、その部分がピンク色に変わる。



「アルトマン選手に1ポイント!」



 審判が手を上げた。試合が動き、観客たちも盛り上がりを見せる。そして立て続けに左腕に魔法弾が命中し、アルトマンに2ポイント目が入ったことを審判が報せる。



「ちょっとー! もっと頑張ってよー」



 アルトマンが落胆した様子を見せる。このままでは時間の問題――なんてことはない。ヴァンがその程度のやつだったら、附属校の運動会でそう何度も僕が負けることにはならなかった。彼の真骨頂は最適化だ。戦いの最中さなかで常に体の動かし方を調節し、無駄のない動きで魔法弾を避けることができるように自らの動きを最適化していく。もう彼の表情には焦りは見えない。



 余裕が生まれ、ヴァンは魔法弾を交わしながら、この試合で初めて魔法弾を放った。魔法弾はアルトマンの横を通り過ぎたが、彼女の顔から笑みが消える。



 それからヴァンの反撃が始まったが、二人の杖魔法の練度には圧倒的な差があり、このまま続けてもヴァンの魔法弾がアルトマンを捕らえることはなさそうだった。ヴァンもこのままでは埒が明かないと思ったのか、魔法弾の雨の中に強引に突っ込んでいく。接近戦に持ち込むつもりだ。



 ヴァンは徐々にアルトマンに近づいていく。十分に近づいたところでヴァンは魔法弾が放つ。何発目かがアルトマンの足を掠めた。当たった箇所が水色に変化し、審判が1ポイントをヴァンに与えた。

 足に命中したことで動揺したのか、試合開始から続いていたアルトマンの攻撃が途切れた。その隙をついてヴァンはアルトマンに急接近する。絶対に外さない至近距離まで迫り、ヴァンはアルトマンの胸目掛けて杖を突きつけた。当たれば4ポイントを一挙に獲得し、ヴァンの逆転勝ちとなる。

 ヴァンの杖から魔法弾が放たれた。それは真っ直ぐアルトマンの胸に当たった――と思った瞬間、彼女は斜め前方に素早く踏み込んだ。魔法弾は胸を外れ、アルトマンの肩付近が水色に染まる。そして彼女は、踏み込んだ勢いそのままに、ヴァンの顔めがけて殴りかかった。ヴァンはその予想外の攻撃を咄嗟にバク転で躱し――しかし、続けて飛んできた魔法弾を腹部にもろに受け、膝をついた。

 観戦する生徒のほとんどは何が起こったのか見えていないようで、シーンと静まり返る。



「4対3でアルトマン選手の勝利!」



 審判のその言葉で状況を理解した観客たちが一番の盛り上がりを見せた。



「え、どうなったの?」



 ウェンディが僕に説明を求める。歓声で声がかき消されないように、僕はウェンディの耳元に顔を近づけた。



「心臓を狙ったヴァンの攻撃をあえて肩で受けて、カウンターで勝利って感じですかね」



「わざと受けた?」



「胸に当たらなければ逆転はされないので。完全に避けずに攻撃に転じた方が勝てると思ったんでしょうね」



「あの一瞬でそんなことやれるんだ……」



 ウェンディは感心しているのか引いているのか、複雑な表情で運動場の中央に視線を戻した。ヴァンとアルトマンが試合後の握手を交わしている。



「優勝おめでとうございます。まさか身体強化もあれほど使いこなせるとは……」



 ヴァンが悔しさを滲ませつつ、アルトマンの勝利を称えた。



「ぷぷっ! この私が杖だけしか使えないわけないじゃーん! それくらい調べときなさいよね!」



「……勉強不足でした。来年は負けません」



「うんうん、君には見込みがある。きっと強くなれるよ。私の次くらいにね! あーはっはっは!」



 アルトマンはヴァンの肩をポンポンと叩くと、高笑いをしながらさっさと運動場を去っていった。



「なんて大人げないの……」



 その傍若無人な振る舞いを見て、ウェンディは呆れたように呟いた。










 そろそろ演劇の準備を始める頃合いとなった。せっかくだから講堂へはヴァンといっしょに向かうことにする。ウェンディにそのことを伝えると、彼女は寮に戻ることに決めたようだ。

 一階まで下り、屋内運動場の入口でウェンディを見送る。



「賭けのこと忘れないでよね」



 別れ際にウェンディが言った。



「わかってます。お菓子選びには自信がありますから、期待していてください」



「それは楽しみね」



 ウェンディが楽しそうに目を細めた。今朝、談話室に沈んだ顔で入ってきたときよりも顔色が良くなったように見える。



「気が向いたら演劇も見にいくわ」



「僕は出ませんよ」



「普通に興味あるから。それじゃ」



 ウェンディは僕に小さく手を振った。僕は彼女の背が遠くなるまで見送った。ヴァンと合流しようと思い、体を翻すと、腕を組んで壁に寄り掛かっているヴァンと目が合った。



「いつからいたんだよ」



「ロイが名残惜しそうに見送るところから。あの人と仲いいのか?」



 名残り惜しそうだって? 僕が? なんとなく離れがたいなあとは感じていたけど。ああ、それが名残惜しいということなのか。



「学園祭をいっしょに回る程度には仲がいいかもな」



「へぇ」



 ヴァンが意味深に相槌を打った。



「なんだよ」



「いや、意外な組み合わせだと思って」



「それは否定しない。――もう行けるのか?」



「ああ、行こう」



 僕とヴァンは講堂へ向かって歩き始める。



「ルビィ・リビィもいっしょに回ってたんだろ?」



「なんで知ってるんだよ。僕のストーカーなのか?」



「ロイたちが目立ってたからだろ。噂になってたぞ」



「ふぅん」



「なあ、ロイ。あの二人はさ……大丈夫なのか?」



 ヴァンが曖昧な聞き方をした。



「何が?」



「あの人ってリアムの姉だろ?」



「だからなんだよ」



 ヴァンの発言が、リアムにいじめられていたルビィを心配してのものだということはわかっている。今日一日、その類の視線にずっとさらされてきたし、僕だって外野だったら同じことを思っていたに違いない。でも、いざこうして聞かれるとむっとした。関係の始まりはいびつだったとしても、二人は歩み寄ろうとしている。



「だからなんだって……。まあ、大丈夫ならいいけどさ」



 僕の苛つきに気づいたのか、ヴァンはこれ以上踏み込むのをやめたようだった。さすがに感じが悪かっただろうか。僕は息を吐いて気持ちを落ち着かせた。



「僕はリアムのことは知らないが、ウェンディさんのことは多少知っている。彼女の人格は僕が保証しよう」



「……そっか。それならいいんだけど。……変に疑って悪かった」



「べつに構わない。疑いたくなる組み合わせなのは間違いないからな」



「でも、ロイがそういうこと言うのって珍しいよな」



「そういうこと?」



「いや、ロイって人を庇うようなことあんまり言わないだろ? 行動で示すことはあっても」



 そうだろうか? そうかもしれない。学園祭をいっしょに回ったからだろうか。自分で思うよりずっと、彼らとの距離は縮まったのかもしれない。



「まあ……『はずれ者連合』だからな」



「なんだよそれ」



 ヴァンが怪訝な顔をしたが、僕は答えずにくすりと笑った。

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