第10話


 そうだ、クインタスの犯行動機を探るためにルビィ・リビィに話を聞きにいこう。そう思い立ってからすでに一週間が経っていた。近ごろ倫理観の欠如に悩む僕は、親が大変な目に遭った彼を前にとんでもない失言をしてしまうのではないかと恐れていた。会っても何を言ってやればいいのかとあれこれ考えているうちに週を跨いでいた。



 昼休みになり、『境界の演劇団』のプロパガンダを頑張っているペルシャが僕を置いてどこかへと行ってしまったため、ようやく今日決心がつき、ルビィのクラスへと向かった。



 教室の中はなにやら騒がしかった。後ろの入口から中を覗くと、教卓の上の生徒がルビィの父親を馬鹿にするところだった。ルビィへのいじめはもうやめたと思っていたが、また始めたのか? 学園に入学して僕の目が届かなくなったのをいいことに、またやんちゃし始めたのかもしれない。



 ちょっとしたやんちゃなら放っておくけど、ルビィを傷つけるならさすがに黙っていられない。一言言ってやろう。そう思って教室の中に一歩踏み出そうとしたとき、背の高い生徒が素早い動きで教室の前まで移動し、教卓の上の生徒を殴りつけた。殴られた生徒は床に転がり、悲鳴を上げながらジタバタする。



 背の高い生徒――たしか、名はジェラール・ヴィンデミアだったか――が今度は近くにいたもう一人の生徒、リアム・ドルトンに向き合った。リアムは怯えた表情で床にへたり込み、ジェラールは容赦なくリアムの膝を踏み潰し、うずくまるリアムの背中を蹴った。



 僕は反射的に目を魔力で強化した。予想通り、彼は身体強化を使っていて、青色のオーロラのような光が彼の脚の周りに見える。驚いたな。同学年に身体強化ができる生徒が僕とヴァンの他にいたなんて。



 ジェラールがリアムをもう一度蹴ろうとしたところで、ルビィがなぜかジェラールを止め、二人は前の扉から教室を出ていった。



 足や腕が折れて泣き叫ぶリアムたちをしばらく眺めていると、扉の近くにいた何人かの生徒が僕に気づき、僕のすぐ近くにいた女生徒が大きく退けぞった。失礼な。



「このクラスはいつもこんななのか?」



 女生徒に話しかける。



「い、い、いえ。今日は、と、特にひどいと思います……」



 女生徒が目玉をあちこちに動かしながら、小さな声で答えた。



「そうか。邪魔をしたな」



「い、いえ! 全然っ!」



 僕はルビィとジェラールの後を追った。食堂につく前に彼らに追いついた。せっかくだからランチをごいっしょさせてもらおう。

 背の高い男子は心ここにあらずだったが、ルビィから許可をもらって、三人でいっしょに昼飯を食べることとなった。







「ルビィ・リビィ、この前は……大変だったな」



「うん」



 食堂のテーブルにつき、ルビィに何を言おうか迷った結果、結局無難な言葉を投げかけた。ルビィは大して気にした様子を見せずに、パンをもぐもぐしながら頷いた。

 それほど気にしていないのだろうか。

 いや、人の心のうちなんて外からじゃわからないものだ。まして、この僕がそこらへんの機微を正確に読み取れるわけもない。



「――それで、アヴェイラム君が僕らになんの用ですか?」



 背の高い男子生徒の方が、疲れた様子で言った。



「ああ、ルビィ・リビィに用があってな――ところで、まだ貴様の名前を聞いていなかったな」



 おそらくジェラール・ヴィンデミアで合っていると思うが、僕の知っている彼と少し雰囲気が違うし、背もだいぶ高いから、念のため尋ねた。



「……まあ、そりゃそうですよね。俺はジェラール。ジェラール・ヴィンデミアです」



「やはりヴィンデミアか。選挙以来だな」



「な、覚えてるんですね……」



「貴様、以前はもっと、陽気な感じではなかったか?」



「……そうだとしたら、変わったのはアヴェイラム君のせいかもしれない」



「はぁ? 何を言っているんだ?」



 いや、ほんとに何を言ってるんだ? 選挙で僕に敗北したショックで性格が変わったくらいしか思いつかないが。首を傾げる僕を見て、ジェラールは首を横に振り、「冗談です」と言った。冗談のセンスがよくわからない。



「さっきの教室でヴィンデミアがクラスメイトを痛めつけているのを見ていたんだが――」



 ジェラールが咳き込んだ。



「み、見てたんですか!?」



「ああ。貴様がリアム・ドルトンの膝を破壊するところから」



「あ、あ、あのさ、アヴェイラム君っ。俺、こんなところで暢気に昼飯食べてる場合じゃないよね!? ルビィが何事もなかったように普通に食堂に誘って来るから、俺も普通にここまで来ちゃったけど、俺が怪我させたのって、二人とも結構有名な貴族の子なんです! 絶対やばいですよね!?」



 勢いよく立ち上がったジェラールに驚いてルビィの小さな体が跳ねる。



「食事中だ。平民は落ち着いて食べることもできないのか? とりあえず座ってくれ」



 多少は落ち着いたのか、ジェラールがすとんと腰を下ろした。



「いやいやいやいや、落ち着ける状況じゃないよ! 退学で済めばまだマシで、最悪死刑とか……」



 全然落ち着いてなかった。ジェラールの顔色がどんどん悪くなっていく。



「死刑か。それなら最期のまともなランチくらい楽しんだ方がいいだろう」



「まあ、たしかに――って、んなわけないでしょう!」



「実際のところ、あの場で事の成り行きを見ていた僕からしても、貴様に情状酌量の余地はあると思うがな。それにドルトンたちはスペルビア派だろう? 無駄に正義感の強い派閥だから、自浄作用が働いて停学くらいで済むかもしれない。ヴァン・スペルビアがこのことを知って何もしないわけがないしな。ドルトンたちの親もスペルビア家からの圧力には屈するだろう」



「そう、ですかね……」



「僕も証言くらいならしてやらないこともない」



 身体強化ができるジェラールを退学させるのはもったいない。ルビィと仲が良いなら、これからもジェラールにはルビィの護衛になってもらいたいところだ。



「あ、ありがとうございます……。意外と平民にも優しいんですね」



 ジェラールが砂漠で水を見つけたような顔をした。それほど驚くことだろうか。たしかに僕は平民を下に見てはいるし、平民の生徒が一人くらい退学になろうと知ったことではないが、べつにこれまで彼らに対して特別に意地悪く接してきたつもりはない。むしろ、僕の行動によって市民階級の生徒は恩恵を受けているはずだ。ほら、送迎馬車とかいろいろ。



「貴族の務めだ。――ところで、ヴィンデミアはいつから身体強化ができるようになったんだ?」



「身体強化?」



 ジェラールがキョトンとする。もしかして気づいていないのか?



「やけに簡単に骨を折れたと思わなかったか?」



 ジェラールは、そのときの感触を思い出すように、右手を開閉させた。



「言われてみれば……」



 彼の様子を見るに、さっき初めて身体強化をしたのかもしれない。大きな感情によって魔法の才能の壁をひとつ飛び越えたのだろう。死への恐怖やクインタスへの怒りで無杖魔法を成功させた僕のように。視野が狭まり、意識が一点に向かっていく感覚だ。

 魔法と感情。何か深いつながりがあるのだろうか。



「――ロイ君」



 それまで黙っていたルビィが声を発した。



「うん?」



 僕はルビィに顔を向けた。



「僕に用って何?」



 ルビィに聞かれ、僕は当初の目的を思い出した。



「ああ、そうだった。君に聞きたいことがある。君の家がクインタスに襲われた理由に何か心当たりはあるか?」

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